2015年7月25日、第8回おりづるプロジェクトは105日間の証言の航海を終えて、無事に帰国しました。
遅くなってしまいましたが、クルーズ中の寄港地プログラム報告をさせていただきます。
記録ドキュメンタリー映像:『I Was Her Age /過去と今の対話』
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2015年5月20日、ポルトガルのリスボンにて証言会を行いました。
証言者は森田さんと、ユースのサポートは私、鈴木慧南です。
長崎だいすき同士のコンビということで、なかなかのコンビネーションを発揮できた証言会になったと思っています。
リスボンに着いてからは、午前中はテージョ川の河口を守る要塞として作られた「ベレンの塔」や大航海時代の海外からもたらされた富をつぎ込んで作った「ジョロニモス修道院」、ポルトガルの歴史博物館「リスボン・ストーリー・センター」などの見学をしました。
「リスボン・ストーリー・センター」では、なんと日本語のガイド器具がありすごく聞きやすかったです。久しぶりに外国で日本語を聞けて少し安心しました。ここでは、大航海時代の話や、1755年のポルトガル大地震についての博物館でしたが、展示の仕方が一風変わっていて、アトラクションを体験しているかのような感覚になったのが印象的でした。日本の資料館も、「引きつける」という点で学ばなければいけないのかもしれません。
その後、市庁舎に移動しました。とても歴史のある建物らしく、よく結婚式もここで行われるそうです。文化的な調度品が並び、きらびやかな装飾の荘厳な雰囲気の中で、市議に挨拶をし、温かく迎えて頂きました。日本の市役所の感覚とは全く違った世界が広がっていました。迎えてくれたリスボン市国際交流部のカストロ氏は「今年はヨーロッパでも第二次世界大戦から70周年を迎えます。アウシュヴィッツの生還者もこのリスボンを訪問してくれました。今回、70年前の被爆を体験された方々が私たちを訪ねてくださったこと、大変光栄に思います。歴史はいろいろな形で勉強することができますが、生の声を子どもたちに聞かせてくださることに心から感謝します。現在の世界で、核兵器が使用されそうな状況がありますが、それをさせないためにもみなさんの活動が大切です。」と話してくれました。
市庁舎内で場所を変えて、証言会を行いました。今回の聞き手は小学生が20名くらいとその親たちでした。小学生が聞くには少し難しい話だったかもしれませんが、それでも必死に耳を傾けようとしてくれている姿に感動しました。
ポルトガルはナガサキと歴史的にとても繋がりのある国だったので、証言に入る前のお話や、証言自体もしやすかったです。「長崎とポルトガルでつながりがあるのは、カステラとおくんち!知っていましたか?カステラは16世紀にポルトガルの宣教師が長崎などに伝えられたと言われていますよ。」と始めて、だんだんとこんな風に説明してみました。
「長崎の街で、あの日、人々が普段と同じように生活を営んでいました。
お友達と遊んでいた小さな子どもも、
家事をしていたお母さんも、
一生懸命働いていたお父さんも、
学校に通っていた学生も、
みんな一瞬のうちにいなくなってしまいました。
想像してみてください。
その時の光景がどれほど辛く悲しいものだったのか。
今から聞いてもらう森田さんのお話は、
70年前のあの日。
ちょうどみんなと同じ年の10歳のころのお話です。」
長崎がだいすきな私としては、この土地で証言担当になれたことに運命的な出会いを感じています。
限られた時間の中での交流でしたが、「私が被爆したのは、あなたたちと同じ年のころだったんですよ。同じ苦しみを味わわないように、知っていてね。」と子どもたちに平和のメッセージを届けられたと思います。
(文・おりづるユース 鈴木慧南、
写真・鈴木慧南、エマ・バゴット)
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