おりづるユース

ユース非核特使フォーラム

こんにちは。

ピースボートインターンの鈴木慧南です。

今回、私と第9回おりづるユースの寒川くんと二人で

長崎で12月11日に行われたユース非核特使フォーラムに参加してきました。

ユース非核特使フォーラム

このフォーラムは12月12日から行われる国連軍縮会議のプレイベントとして

過去にユース非核特使を経験している若者が世界中から集まり

自分たちの活動を報告したり、現在の核を巡る世界の動きについて

意見交換などを行いました。

中でも大きかったのはこのフォーラムと国連軍縮会議へ向けて作られた提言です。

「若者による核兵器のない世界を求める声明と提言」と題して

核兵器のない世界へ向けて具体的に行動するように求めた提言を作成しました。

全ての国へ、核保有国へ、非核保有国また核の傘の国へ、すべての市民へと

4つのパートからなっており、それぞれの立場でどうやったら核廃絶ができるのか

ユース同士で模索しながら作り上げました。

完成するまでにはさまざまな課題がありましたが、

あの提言は若者らしい力強いものになったと感じています。

発表後も多くの被爆者の方、各国の市民団体の方などに提言について褒めていただけました。

提言は以下の外務省のサイトより見られます。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/dns/ac_d/page3_001928.html

各団体の発表の際には、寒川くんが第9回の活動報告、

わたしがユース後の長崎のでの活動について報告しました。

寒川くんからは、「核兵器の問題は、過去の問題ではなく、現在、そしてこれからの未来の問題です。未来を生きる私たち若者には、過去から学び、未来へとつなげていく責任があります。71年前に広島と長崎で起きた事実を知り、継承することはもちろん大事ですが、それよりも大切なことは71年前の悲劇を二度と繰り返して欲しくないという被爆者の想いを受け止め、継承していくことです。私たち若者が被爆者の方々の想いを同世代の若者へと伝えていく、これが核なき平和な世界の実現へ、最も近道ではないかと活動を通じて感じました。」と強いメッセージを訴えました。

おりづるユースの寒川くん

私からは、長崎で被爆者の人と関わる中で、長崎がどういう町なのか、

原爆とは核兵器とはなんなのか、また「生きる」ということはどういうことなのかを教えていただき

それが現在核なき世界を目指すための力になっていることを話し、

日本政府に対してこれ以上被爆者の方を裏切るようなことはしないでほしいと訴えました。

ピースボートインターンの鈴木

5分という非常に短い時間であるということに加え、慣れない大舞台ということでかなり緊張はしてしまいましたが、私たちがが3ヶ月半の活動を通じて湧き上がってきた想いなどを、学生、大学教授、外務省・国連関係者、市民など様々な立場の人々に伝えることができ、とても満足しています。これからも、共に登壇したユース非核特使の仲間と切磋琢磨しあい、核なき世界の実現に向けて努力していきます。

活動報告後にはパネルディスカッションが行われたのですが、

第2部では映画「母と暮らせば」を上映し、山田洋二監督、主演を務めた吉永小百合さんなどを交えて行われました。

また、映画で二宮和也さん演じる浩二くんの被爆体験のモデルになった

元長崎大学学長の土山秀夫さんも来られました。

「母と暮らせば」は井上ひさし監督の「父と暮らせば」のついになる物語です。

長崎大学医学部に通う浩二くんが講義の最中に原爆に合い一瞬にして亡くなり、

3年経ってお母さんの元に亡霊として帰ってくるところから物語が始まります。

そしてユースフォーラムを行ったのはまさにあの日900人以上が一瞬で亡くなった

長崎大学医学部のキャンパスでした。

映画館で観るのではなく、実際の場所で、実際に起きたことを観るというのは

より身近に原爆を感じられる時間だったと思います。

パネルディスカッションでは山田監督が「あの日浩二くんのように、お母さんのように

辛い経験をした人は何十万人といます。その人たちの物語を、

そういったことが過去にあったことを一人でも多くの人に届けられたなら

この映画を作った甲斐があります」と話していました。

さまざまな立場から職業から原爆や核に関することを訴えることで

より多くの人々を巻き込み核なき世界を実現できるのだと改めて感じました。

吉永小百合さん山田洋二監督らと集合写真

 

また、このフォーラムの様子が長崎新聞に掲載されました。

私のコメントも使われています。

長崎新聞

ここからは寒川くんが市長訪問をしたときの様子をお伝えします。

こんにちは。おりづるユースの寒川友貴です。

12月11日に長崎の原爆資料館内の会議室にて、おりづるプロジェクトの活動報
告ため、田上長崎市長と面会をしました。長崎市からは、おりづるプロジェクトに後援をいただくなど、様々なサポートをいただいております。面会には、川崎哲ピースボート共同代表、長崎で被爆された被爆者である深堀譲治さん、深堀俊子さん、田川豊子さん、そしてユースである寒川が出席しました。プロジェクトメンバーとは久しぶりの再会であり、とても懐かしい気持ちになりました。

長崎市長訪問

面会では、まず川崎代表がプロジェクトの概要を説明し、その後プロジェクトメンバー一人一人がおりづるプロジェクトを終えての、感想を市長へと報告しました。田上市長は終始笑顔で頷きながら、話に耳を傾けてくださり、「お疲れ様でした」など温かいお言葉を多数いただきました。その後、市長とおりづるプロジェクトメンバーで様々な分野についての意見交換を行いました。深堀譲治さんは市長に対し「継承を今後さらに進めて欲しい。継承は被爆者がいなくなってからでは遅い。」と述べられ、長崎市が被爆継承事業を今後さらに拡大されることを要望されました。今回のプロジェクトメンバーの中で最年長である深堀譲治さんのコメントは、被爆者が今後いなくなり、継承ができなくなってしまうことに対して危機感を抱いた、とても重く、想いの詰まったものでした。そして、市長もその想いを真摯に受け止められていたように見えたので、今後長崎市の被爆継承事業がどのようになるのか、注視していきたいと思います。20分程度という短い時間ではありましたが、長崎市長への活動の報告、意見交換はとても有意義な時間でありました。今後とも核兵器の廃絶に向け、長崎市と協力・連携していきたいと考えております。

文/おりづるユース 寒川友貴、ピースボートインターン 鈴木慧南

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