参加者のその後の活躍

自宅を開放し原爆講話を

こんにちは。

ピースボートインターンの鈴木慧南です。

第1回おりづるプロジェクトに参加した田中稔子さんが

朝日新聞に掲載されたのでその記事を紹介します。

田中稔子さん

田中さんは1945年の8月6日に国民学校へ行こうと爆心地から2kmのところで

友人と待ち合わせをしていたところ原爆に合いました。

なんとかあの日を生き延び、その後は結婚もし2人のお子さんもいます。

あるとき旦那さんが子育ての息抜きにと田中さんのために

七宝焼きの教室に申し込み、それ以降七宝焼きに魅了されいまでは作家にまでなられています。

そんな田中さんがこの春から自宅を開放し、

交流スペースとして、訪れる人たちに原爆を語る活動を始めています。

船に乗り、世界各国たくさんの人たちと出会ってきた田中さんだからこそ

伝えられる言葉があるのだと思います。

また来年にはインドに招待され被爆証言などを行う予定です。

船を降りてからも精力的に活動を続ける田中さんを

ピースボートはこれからも応援しています。

記事の全文は以下から読めます。↓

http://www.asahi.com/area/hiroshima/articles/MTW20161214350160001.html

ピースボートインターン 鈴木慧南

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