第10回 ヒバクシャ地球一周 証言の航海

熱い歓迎の心をもった国@ニカラグア

みなさんこんにちは。
ピースボートインターンの鈴木慧南です。

6月28日にニカラグアのコリントに寄港しました。
そのときの様子をお伝えします。

ニカラグアはコロンブスの上陸以降、長い間スペインに支配されてきました。
1821年にようやく独立宣言をし、1823年にグアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、コスタリカとともに中央アメリカ連邦を結成しました。
1838年にはそれぞれが分離独立し、ニカラグア共和国となります。
この頃からニカラグアは、大西洋と太平洋を結ぶ運河構築の候補地として注目され、ときにアメリカが進出をしてきました。アメリカは運河建設事業を通じて干渉を強め、たびたび軍隊を送って親米政権を支援しました。
これに対して1927年からサンデイーノ将軍が抵抗運動を展開しましたが、ソモサ将軍によって暗殺されました。
それ以降は親米派の政権が長く支配することになりましたが、1979年に労働者、農民、学生らによるゲリラ組織「サンディニスタ」が蜂起を開始し、反米左派政権を樹立しました。
アメリカのレーガン政権は1981年に軍事介入を始め、その結果、キューバやソ連から軍事支援を受けた革命政府軍と、アメリカに支援された反革命軍との内戦が1990年まで続きました。
2006年にはサンディニスタは過激な武装方針を改めて、ダニエル・オルテガ政権が成立しました。

ニカラグアを含む中南米地域は、核兵器の非人道性と禁止条約の動きを牽引してきました。
しかし、ニカラグアは昨年行われた核兵器禁止条約の交渉開始を求める決議に中南米地域において唯一「棄権」しています。
しかし、2015年に話し合われた核兵器禁止へ向けた「人道の誓約」には賛同しているのでその立場は不明確だといえます。

そんな中での訪問だったのですが、船の到着が大幅に遅れてしまい、証言会は港のテントで急きょ行われることになりました。


ニカラグアの国旗を持つメンバー様子

船の到着が大幅に遅れたのにも関わらず、コリントの地域のみなさんはニカラグアの伝統的な歌やダンスで大歓迎をしてくれました。
被爆者の方々がその場に行くと、テレビ局やラジオの記者がたくさん詰めかけており、ニカラグアでの注目の高さを感じました。


メディアの取材を受ける三瀬さん

今回証言をしたのは、長崎で被爆した三瀬清一朗さんです。
中南米独特の暑さの中、熱く自身の想いを語っていただきました。
急な証言会の設定にもかかわらず、100名を超える学生たちや港の関係者の方、市長や環境省の方などが聞きにきており、はじめて出会う被爆者の方の話を真剣に聞いている様子でした。


証言をする三瀬さん

証言に聞き入る学生たち

その後、ユースを代表してわたしから、船旅に対する想いとヒバクシャ国際署名の活動への賛同を訴えました。
聞きにきてくれた学生と年齢が近かったせいか、興味を持って話を聞いてくれた印象があります。
おかげで半数以上の方が、ヒバクシャ国際署名にサインしてくれました。


ヒバクシャ国際署名にサインする学生たち

中南米の地域はとくにピースボートを、そしておりづるプロジェクトを心から歓迎してくれているという印象を持ちます。
アメリカに対抗する思いが、核兵器のない世界を望む被爆者の方の想いに重なっているのかもしれません。
証言が出来る中南米の地域は明日のエルサルバドルが最後ですが、たくさんの市民の方と出会い、想いを強めていこうと思います。

ピースボートインターン鈴木慧南

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