おりづるプロジェクト2017

国という枠を越えて社会のために@ニューヨーク

みなさん、こんにちは。おりづるユースの浦田沙緒音です。

今回の寄港地は、アメリカ・ニューヨーク。

ニューヨークは2日間寄港しました。

それでは1日目からご報告します!

1日目は、船内で行われた「Floating Festival for Sustainability」というイベントに参加しました。

600人以上の方が参加されていて、会場に入りきれないほどの参加者でした。

イベントではまず初めにUNESCO ニューヨークオフィス 高官のMarie Paule Roudilさん、フィジー国連大使COP23議長のGene Baiさんなどからスピーチがありました。

※Marieさんのスピーチ

※COP23議長のGene Baiさん

その後、ピースボート共同代表でありICANの国際運営委員でもある川崎哲氏から紹介され、軍縮教育家のKathleen Sulivanさんからのスピーチ、そしておりづるプロジェクトからは木村徳子さんから短い証言がありました。

※スピーチする木村さん

イベントの終盤にはICANの方々も登壇されて、参加者全員でノーベル平和賞受賞を祝いました。

※みんなで鏡割り

終了後には、参加者が木村さんに声をかけ、被爆証言をしてくれたことをとても感謝する姿が多く見られました。

様々な視点からこの社会を良くしていくために多くの人々が関わっているということを、このイベントを通して、見ることができました。

2日目は、国連本部に向かい、国連第一委員会のサイドイベントに参加してきました。

私にとっては初めての、木村さんにとっては3回目の国連となります。

※国連にて

今回私たちが参加したイベントが行われたのは、国連第一委員会という軍縮や核兵器に関する委員会でした。このイベントは、ピースボートと国連オーストリア政府常駐代表部、コスタリカ政府常駐代表部が共催し、最近採択された核兵器禁止条約を受け、ピースボートとオーストリア、コスタリカがすべての国連加盟国に早急に署名し、批准することを呼びかけるために開かれたものです。

コスタリカは核兵器禁止条約に署名した53か国のうち、一番初めに署名した国でもあり、日本と同じ平和憲法を持つ国でもあります。

ピースボートからは、モデレーターとして川崎哲氏、おりづるプロジェクト、そしてニューヨークから水先案内人として乗船されている広島出身の女優であり、GET in Touchi!代表の東ちづるさんも一緒に参加しました。

まず初めに、オーストリア国連代表部のThomas Hajnocziさんから核兵器禁止条約の重要さ、72年経ってやっとできたこの条約に多くの国が批准してくれることを願うといったスピーチがなされました。

※右の男性がオーストリア領事館のThomasさん

続けて、コスタリカ国連代表部副大使のRolando Castroさんからスピーチがあり、「核兵器禁止条約は二度と核の脅威を受けるべきではないと訴えている。ICAN受賞に関しては、これまでの一つ一つの活動が受賞に結びついた」とのお話がありました。

※川崎さんの左隣の男性がコスタリカ国連代表部副大使のRolando さん

そして、このイベントのメインスピーカーとして、3名がスピーチを行いました。

被爆者を代表して、木村徳子さんから証言がされました。被爆当時、子どもだから何もできなかった思いから、もう二度と被爆者を作ってはならないと今後、核兵器禁止条約が発効されることを強く求めました。

※核兵器禁止条約の発効に向け強く発言する木村さん

その後東ちづるさんより、自身が広島で平和教育を受けたことが、今の活動に大きく影響しているお話があり、被爆体験がなくても、話すことはできると、その熱い思いを語ってくださいました。

※東ちづるさん

また戦争を知らない若い世代として私も発言をし、核兵器禁止条約に署名していない日本を強く批判しました。

※戦争を知らない世代として発言する浦田さん

その後、参加者の方から多くの質問意見をいただき、「日本政府が核兵器禁止条約に署名していないことはどう思うか?」「トランプ米大統領、北朝鮮に対して私たちは何ができるか?」「日本の憲法9条が変わろうとする動きがあるがどう思うか?」と言った質問が多くありました。

日本政府がとる姿勢と、私たちが求める現実との矛盾について答えるということは、非常に苦しいものがあります。

証言会をするたびに、唯一の戦争被爆国に生まれた一人としてできることを私たちはやっていますが、それに反して日本政府の態度は決して良いものではありません。

私たちは、核のない世界を多くの国に求めるのと同時に、自国に対してもアプローチをしていかなければなりませんが、寄港する国の中で一人でも多くの人に証言を届け、証言を聞いた方々に受け止めてもらえるということは、大きな次の力になります。それは寄港するたびに思うことです。

※広島の障がい者施設「 はぐくみの里 」の方から託された折り鶴を進呈

————

国連を後にし、私たちは2001年9月11日に起きた世界同時多発テロで亡くなった方の遺族の皆さんが作られた博物館(911 Tribute Museum)へ行きました。

今回お伺いできたのは、1日目に木村さんを取材した元TBSアナウンサーの久保田智子さんが、この博物館でインターンをしているためで、学芸員の方と意見交換をすることができました。

この博物館は、グラウンドゼロにある米国が正式に建てた博物館とは別のものです。

※意見交換のようす(右端の女性が元TBSアナウンサーの久保田智子さん)

ここでは900名の方がボランティアとして活動していて、曜日によってボランティアの方がガイドをしてくれるそうです。

この博物館で非常に大切にされているのは、この事実を私たちが「どのように感じたか」あの時の経験を語るということです。事実を掲示するだけでなく、どう思ったかどう感じたかという自身の思いを伝えることで、9.11を考えることを大切にしています。

※ガイディングの様子

それは、広島、長崎にもつながることではないでしょうか。

9.11も広島、長崎も「グラウンドゼロ」として存在し、私たちに対して常に考え、行動することを訴えかけているように思います。

実際に、この博物館の設立者である遺族の方は、2012年3月11日に福島、宮城、岩手へ行き、セルフフィーリングを行うことを、毎年されているようです。世界規模で、交流を行っていることを私たちは全く知りませんでした。国境を越えて、誰かに手を差し伸べるその姿勢に、心が揺れ動かされました。

※ 3.11に関する記載の前でおりづる風鈴を進呈

このテロでは、約90カ国の方が亡くなりました。その中には24名の日本人の方もいます。

そしてこのテロをきっかけに、イラク戦争が始まってしまったことも私たちは忘れてはいけません。

アメリカという場所で、私にとって大きなポイント地点となった9.11を見てみるということはとても大きく、難しいものでした。

しかし、憎しみを憎しみで返しても、何も生まれません。亡くなった人は誰も帰ってはきません。

戦争を始めるのは人間ですが、それを止めることができるのも人間です。

核を使うのも人間ですが、それを使わないことを選択できるのも人間しかいません。

だからこそ、私たち一人ひとりが、他人事ではなく、自分だったかもしれない。

そういった想像を常にしていかなければなりません。

そして国という枠を越えて、私たちは動き続ける必要があると強く思いました。

【追記:初めての国連】

初めて訪れて印象的だったのは、国連内に多くのアート作品が設置されていたことです。

国連というと、少し堅いイメージを持ちがちですが、国連という場所に、アートを通して平和を考える作品が象徴的にあることで、私たち自身もどのような社会を作っていくべきか、ということをイメージしやすいのではないかと思いました。

また、国連には4つの委員会があります。それぞれによってその委員会で扱う問題が変わってきます。そのため、国連では様々な問題についてあらゆる場所で議論が交わされ、会議室を飛び越えて、カフェテリアで大きな議論がされることも少なくないようです。

私たちに流れてくる情報だけを見ていると、国連はどこか肩苦しいイメージを持ってしまいがちですが、この国連という場所で、多種多様な人々が社会をよりよくするために働いている姿は、とても印象的でした。

おりづるユース 浦田沙緒音

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