おりづるプロジェクト2018

忘れないために継承していく@アメリカ

みなさん、こんにちは。

ピースボートの野口香澄です。

713日はニューヨーク寄港2日目です。

2日目の活動のご報告をします。

 

まず、ニューヨークの街を歩きながらマンハッタンプロジェクト巡りをしました。

オッペンハマーの住んでいたというマンションや被爆親鸞像を見たり、ウランを発見したというコロンビア大学の散策をしたりしました。

様々なところを訪れる中で感じたことは、誰もが最初は原爆を作ろうとしているわけではないし、私たちと変わらない1人の人であったということです。

ウランを発見した研究者も原爆に使われると思って発見したわけではないかもしれないし、オッペンハイマーが住んでいたマンションも何ら変わらない建物なのです。

戦争がなければ、ウランの核分裂反応を発見した人はもっと別の開発を行い有名になったかもしれないし、オッペンハイマーも違う意味でアメリカの歴代の首相の1人になっていたと思います。

 

 

2日目は9.11のトリビュートミュージアムを訪問しました。

ここの博物館は2001年の9.11テロ事件の遺族の方々が作った博物館です。

ワールドトレードセンターの跡地には2014年に建てられた9.11の国立博物館がありますが、そこではなく少しだけ離れたところにあります。

ここは2006年に遺族たちが9.11の惨劇を二度と起こさせないように作ったものです。

国立博物館が主にテロ事件の詳細や倒壊した建物、救助した消防隊や警察官などに重点をあてていますが、トリビュートミュージアムでは遺族の方々がつくったものなので、被害者と復興について重点を置かれ描かれています。

案内してくれたのはピーターさんです。

ピーターさんは当時の生還者です。

普段の日常と変わらず出勤していたピーターさん。しかし、朝早くにワールドトレードセンターに飛行機が突っ込みました。

ビルが倒壊するまでの間、ビルにいた人々は避難していきました。

ピーターさんは当時倒壊する時間より15分早く出られたことで命が助かりました。

 

あのテロ事件はその当日だけで終わりではなく、その後もビルが倒壊したことによって舞い上がったほこりなどで身体に影響が出てその後数年たってガンなどに侵されてしまった方もいます。

 

しかし9.11の出来事は今から17年前。

2001年以降に生まれた子たちは、9.11のことを知らない子たちが多く、この博物館に訪れることで初めて知る子もいるといいます。

ピーターさんは今ではもう当時のことを思い出し悪夢にうなされることはないといいますが、人に話すことでカウンセラー効果があるといいます。

 

被爆者にももしかしたら通じることもあるのかもしれません。

 

被爆者の方も被爆体験を話すことで言えることがあるのかもしれません。

 

次に証言会を行いました。

平和活動家の皆さんへ向け証言会を行いました。

ここでは被爆者の上田さんが証言を行いました。

平和団体の活動の紹介も行い、日本とアメリカという関係性の中で核廃絶へ市民の連帯を強められた日になりました。

 

ピースボート 野口香澄

 

 

 

 

 

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