おりづる全国証言会

小谷孝子さんと「あっちゃん」と想像する原爆

ピースボートの畠山澄子です。クラウドファンディングで集まったお金で開催している「おりづる全国証言会」。第2弾を行ないました!遅ればせながら報告をします。
※PDF版のレポートはこちらをご覧ください。

 

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広島と長崎の原爆の日と同じ週の8月10日(金)、都内にある、不登校の義務教育の年代の子のための居場所にお邪魔をして、小さな証言会を開きました。今回証言会に参加してくれた被爆者は広島で被爆をした小谷孝子さんです。ピースボートからは畠山澄子と堀口恵が参加をしました。
 

今回はたっぷり2時間時間が使えるということで、事前にスタッフの方と打ち合わせを重ね、休憩や振り返りの時間もしっかりとった証言会のプログラムをつくりました。途中でクイズをはさんだり、少し考えてもらう時間を設けて意見を言ってもらったり、質問を出してもらって答えたりと、一方通行にならないような会づくりを心がけました。

まずはピースボートスタッフの畠山が導入のためのワークショップを行いました。前日8月9日(木)の新聞を見せて、「昨日は長崎で平和祈念式典が行われましたね」というところから。8月6日と9日が今でも多くの人にとって忘れることのできない日であり、広島と長崎には毎年核兵器が二度と使われないようにと願う人たちが多く集まることを説明します。その後「原爆」「核兵器」と聞くと何を連想するかをポストイットに書きだしてもらいました。みなさんは迷いながらも「第二次世界大戦」「黒い雨」「熱」「北朝鮮」・・・などと思い思いの言葉を書いてくれました。畠山はこれらの言葉を拾いながら参加しているみなさんが知っていることを整理していきます。その上で、スライドで写真などを見せながら、広島と長崎におとされた原爆の種類や原爆がもたらした被害を説明していきました。途中で「あなたがアメリカの大統領だったらどうしますか?」という質問や、「自分の母親が生き埋めになっている中で『あなただけでも逃げなさい』と言われたらどうしますか?」などの問いも投げかけました。みなさんそれぞれに一生懸命考え、意見を述べてくれました。この時間の最後には、「正義」ということの難しさについても考えました。自分にとっての正義が必ずしも相手にとっても正義であるとは限らない、世の中には正解がないことが多いけれど人の命が軽んじられることはあってはいけないというメッセージを強調しました。

 

 前半がおわると休憩&質問タイム。「放射能ってつまりなに?」「なぜ日本は各兵器禁止条約に参加しないの?」「銃はなぜなくならないの?」など、たくさんの質問があがりました。これらの質問には抑止力という考え方や核の傘といったことも説明しながら答えていきました。
原爆や核兵器をめぐる事情について少し理解が深まったところで後半では小谷孝子さんの被爆証言を聞いてもらいました。幼稚園教諭を長くやっていらした小谷さんは、幼稚園に勤めていた時代に習得した腹話術で被爆証言を伝えています。今回の証言会にもパートナーのあっちゃんと一緒に来てくださいました。みんなで「あっちゃーーーーん」と呼ぶと小谷さんがあっちゃんとともに登場。かわいくもこわいような見かけのあっちゃんですが、小谷さんとともに話し出すとその落ち着いた二人のやりとりにその場にいた全員がのめりこんでいくのがわかりました。

 

 小谷さんが被爆したのは5歳、国民学校1年生の時です。本来であれば8月6日のお昼に田舎に疎開することになっていたそうです。きょうだい4人で川に泳ぎにいこうとしていたところ、小谷さんだけ喉が渇いたので家に引き返し、家の下敷きになったもののかすり傷程度ですみました。一方で外にいたお姉さんは全身やけど、お兄さんは爆風で頭や体にガラス破片が刺さって血だらけでした。広島市内は火の海で、たくさんの人々が家の前を通りながら「水をちょうだい」と言ってきたそうです。弟さんはなかなか見つからず、ようやく見つかったその顔は真っ黒。お母さんがきれいにしようと顔を拭くと顔の皮がずるっと剥けて垂れ下がってしまったといいます。原爆から4日後の8月10日の朝、意識がなかった弟さんがようやく目を開けました。お母さんが水を飲ませると「飛行機は恐ろしいね。お水は美味しいね。」と一言残して3歳で亡くなったそうです。小谷さんは証言の中で、戦後お母さんが原爆孤児のお世話をしていた話もしてくださいました。小谷さんは自分のことはかまってくれずによその子のお世話をしに行く母親に泣きついたことがあるそうですが、その時に言われた言葉は「わがままはいいんさんな。あなたたちは夜になるとお母ちゃんは帰って来るでしょう。島にいるあの子たちはもうなんぼ待っても2度と親は帰ってこんのよ」というものだったそうです。

小谷さんの証言を聞いたあとは振り返りタイム。「こわかった」「イライラした」「心配になった」「不安になった」「嫌だと思った」「うれしかった」「複雑な気持ち」など、いくつもの「気持ち」を書いたシートを渡し、該当する「気持ち」に丸をつけてもらいます。その上で、なぜそのような気持ちになったのかを考えてもらいました。

 

 会の最後には堀口からまとめのメッセージ。自分が中学校のあとに高校に行かずにピースボートの地球一周の船旅に参加したことなども話しながら、たくさんの人と出会い、色々な意見に触れ、異なる物の見方を知ることが大事だと伝えました。

 

次のおりづる全国証言会は10月14・15日に岐阜県高山市で行います!お楽しみに!

 

(文責:畠山澄子)

 

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