おりづるプロジェクト2018

被爆者からのメッセージ〜森本順子さん「MY HIROSHIMA」展示会〜@船内

2008年にピースボートの第一回おりづるプロジェクトに参加して、世界の人々にその証言と経験を話して下さった、絵本作家の森本順子さん。当時、頭の病をおしながらの参加でしたが、世界中で被爆者が歓迎されることを知り、またその声に耳を傾ける真摯な人々に出会い、順子さんは広島の原爆を生き抜いたことの使命をより強く感じて帰国しました。

その後の10年余の日々を、住んでいたオーストラリアを中心に証言活動を続けられました。そして、残念なことに2017年に85歳で亡くなりました。

生涯に渡って書き続けた絵の中でも、ご自身の被爆した経験をもとにしたものが「My Hiroshima」という絵本にまとめられています。順子さんの死を追悼して、息子の功さんがその絵の大多数をパネルや布の絵にしてピースボートに寄贈してくださいました。

その作品の数々を、今回船内で展示したわけです。1945年8月6日当時、自分がどんな小学生だったか、家族の構成はどんなだったか、どう社会や学校が変わったのか。そして、戦場ではなく一つの街で家族や友だちがどんな風に死んでいったか。絵を通して、1人の少女からみた原爆を伝えることで、自分の家族に同じことが起こったらどう感じるかを考える人が多かったようです。

アフリカ大陸の興奮を覚えながら、次なる大陸・南アメリカのブラジルに向かっています。ブラジルのリオデジャネイロからはブラジル在住の被爆者・渡辺淳子さんをお迎えします。そんなことを考えながらの、静かなひと時でした。

会場には訪れる人が途切れず、およそ200名の方が森本順子さんの被爆体験に心を寄せました。

その中には中国、台湾、マレーシア、シンガポール、フランス、ポルトガル、ニュージーランドからの参加者もおり、それぞれの視点から鑑賞していました。

マレーシアの男性は、「日本の市民がこのような展示をしてくれるのは本当に素晴らしい。でも、安倍政権のやってることは軍事強化ですよね。人々の良心を信じたいけど、その彼らが選んだ首相の姿勢に困惑する」との意見をくれました。

フランスとポルトガルの方々は、「キノコ雲の下で起きたことを知ることができたのが良かったです。今までに見たことのない視点でした。原爆後の人々が皮を引きづりながら歩く姿、そして死んでいる親を揺り起こそうとする子どもの姿に衝撃を受けました」とおっしゃっていました。

日本の方も涙を浮かべて真剣に見入っていたのが印象的でした。

機会があれば、今クルーズでもう一度展示することができればと思うほど、たくさんの方から再展示のリクエストがありました。

森本順子さんをはじめ、被爆者の方々のメッセージが、1人でも多くの人に届きますように。

文:渡辺里香

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