おりづるプロジェクト2018

淳子さんと、思いやりの心

おりづるユースの森山景です。

昨日から船内では旅の終わりに向けて、様々な最終発表会がおこなわれています。

私自身も地球大学の全ゼミを終えて、無事に卒業証書を受け取りました。

私たちは残された時間を思い思いに過ごしています。

そんな中で、本日はおりづるプロジェクトに参加したメンバー(おりづるパートナー)が集まり、これまでの活動を振り返りました。

横浜港を出発してからの一ヶ月は、水先案内人として乗船された女優の東ちづるさんと対談させていただいたり、午後のお茶の時間におりがみで千羽鶴を折る「おりづるカフェ」をスタートしたり、船内でできた韓国籍の被爆3世、日本国籍の被爆5世の友人と家族史について話したり、絵本作家、森本順子さんの原爆画展をひらいたり、原爆をテーマに劇を作ったりしました。

2月は、ブラジルで渡辺淳子さんが合流し、その後6カ国7寄港地で政府・市民の方に証言活動をしてきました。船内でも証言活動のほかに、おりづるパートナーでご飯を食べたりすることで、お互いをより近くに感じられるようになりました。

3月にはピースガイド養成講座が始まり、福島についてのお芝居も作りました。

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そんな風に3ヶ月を振り返った今日、私がみた渡辺淳子さんのことを書こうと思います。

ピースボート乗船は4回目で10年ぶりだとおっしゃる淳子さんは、今回のおりづるプロジェクトメンバーの中でもひときわユーモアがあって、真剣で柔らかな心を持った方です。

一方で淳子さんは、おりづるプロジェクトでの活動中は「被爆者の渡辺淳子さん」という紹介をされます。このことについて、私自身も「被爆三世」と名乗りユース参加しているからこそ、複雑な思いがあります。なぜなら被爆者であることは本人にはどうしようもないことで、それが肩書きになってしまうことへの悲しさがあるからです。

被爆者であることはその人の一部であるけれど全てではないということを、淳子さんはこの2ヶ月を通じて船内の人々に伝えてくださいました。その上で、自ら決心して被爆証言を続けていらっしゃいます。

その証言を隣で20回以上聞いてきて、私はひとつ、分かったことがあります。

自分にとって辛いことを、心で「伝える」のは、非常に難しいということです。私自身は、相手を信頼して心を開くことができず、頭で考えた「説明」ばかりします。だから、人が心を開いて気持ちを打ち明けてくれても、相手の思いを受け止めきれずに苦しむことがしょっちゅうあります。

淳子さんの被爆証言は、相手のことを考えて、「心」を込めたお話です。相手が大人でも子どもでも記者でも大統領でも、その都度心を開いて話をされます。

淳子さんご自身は被爆当時2歳で、被爆の記憶がなく、証言活動のたびに「記憶のない自分が話をしてもいいのか」と葛藤の連続だそうです。けれども、被爆の記憶を持つ人がいなくなったとしても、その人達の気持ちまで無くならせてはいけないからこそ、決心して話していると教えてくれました。

「放射能は臭わないし、感じないし、見えないし、囲いもできないけれど、わたしは怖さがわかる。だから被爆者が身をもって語っている。」と淳子さんはおっしゃっていました。

正直に言えば私はまだ、淳子さんのような「思いやりの心」を持つことが難しいです。けれど、自分を大切にしながら深呼吸しながら地に足をつけて生きていけば、いつか近づけるかもしれません。

後列左が森山景。前列右が渡辺淳子さん。

日本に帰ってからの目標として、淳子さんが活動をされているブラジル被爆者協会に行き、もとたくさんのことと出会い学び、感じたいと思っています。

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