1.ヒバクシャ証言の航海

ヒロシマ・ナガサキを世界に伝えた夏:おりづるユース特使の挑戦②池田穂乃花さん

前回に引き続き、今年の8月に行われたピースボートの日本一周クルーズ(8月3日~23日)に「おりづるユース特使」についての記事です。

(前回記事はこちら

おりづるユース特使の二人は、地球大学特別プログラムに参加した他の学生を対象に船内で原爆に関するプレゼンテーションを英語でやったほか、広島でのフィールドワークの際に公園のガイドを英語で行いました。クルーズ後半では、福島子どもプロジェクトに参加していた中学生のメンター役として、ともに核や原発について考えました。

船内で原爆投下の被害や核兵器をめぐる国際情勢についてプレゼンをする小林さんと池田さん。

地球大学特別プログラムでは中間発表と最終発表を「SDGsアクション」と呼んでいます。グループに分かれてテーマを見つけ、ひとつプロジェクトを考え・実行するというものです。おりづるユース特使の2名はこのSDGsアクションにおいても「原爆を伝える」ということにチャレンジしました。

今回の池田穂乃花さんの感想文にはSDGsアクションでの学びが書かれています。

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被爆者でなくても伝える~「被爆体験を継承する」ことへのヒント~(池田穂乃花)

8月3日から23日にかけて実施されたPEACE BOAT 地球大学特別プログラムが終わりました。私は、地球大学生としてだけではなく、おりづるユース特使として参加しました。

そもそも、私がPEACE BOATに乗船しようと思った理由は、原爆や核兵器の恐ろしさを多くの人に伝えたいという思いがあったからです。高校時代、私は平和公園内の慰霊碑を案内する活動や、核兵器や平和をテーマにした授業をはじめ、様々な平和活動に取り組んできました。そして、大学生になってもそのような活動を続けたいと考えていました。しかし、広島を離れてみると、なかなかそのような機会がなく、原爆や核兵器について興味のある人も見つかりませんでした。そんな時、今回のプログラムをSNSで発見しました。「おりづるユース特使」は、今までの平和活動などの経験をいかして、原爆や核兵器の恐ろしさを英語で発信できると書かれてあり、私は迷わず「おりづるユース特使」への応募を決めました。

私は、原爆の恐ろしさを伝えることの1つに被爆体験の継承があると考えています。しかし、2019年現在、被爆者の平均年齢は82歳を超えており、私たちは、被爆者から直接被爆証言を聞ける最後の世代といわれています。そのため、私たち若い世代は、原爆を風化させないため、次の世代へ伝えていく使命があります。けれども、私はどうやったらちゃんと伝えられるか、答えを見つけられていませんでした。そんな時、地球大学のプログラムの一つである「SDGsアクション」は、私に1つの可能性を示してくれました。

SDGsアクションの一環でつくったポスター。被爆者証言以外にも社会を変えていくためにさまざまな「証言」があることを紹介しました。

SDGsアクションで、私を含む3人は、三宅信雄さんという被爆者の方の証言を基にした紙人形劇を製作しました。三宅さんは8月6日に船上で被爆体験をお話してくださっていたので、私たちは、三宅さんが証言活動を始めた時の苦労や困難について焦点を当てて作成しました。物語を作るに当たって、私を含むメンバー3人で事前に三宅さんにお話を聞きました。そして、聞いたお話を忠実に再現できるように注意して紙人形を作成し、日本語と英語で他の乗客の方に発表しました。

人形劇を終えて。真ん中左が被爆者の三宅信雄さん。一番右が池田さん。

私は、この機会があるまで、正直被爆者ではない自分が伝えて、本当に人の心に訴えることができるのだろうかと、被爆体験の継承の難しさを感じていました。しかし、被爆者から直接話を聴き、それを基に他の人に伝える活動を通して、被爆者の方の証言だけではなく、その人の気持ちや葛藤を尊重し、理解することが大切だと気づくことができました。この経験は、初めて被爆体験を継承した貴重なものでした。

このPEACE BOATでの経験は非常に濃く、一生忘れることはありません。またいつか、絶対に乗船します。その日まで私は核兵器廃絶のために、平和活動を続けていきます。

おりづるユース  池田穂乃花

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池田さんが書いたように、「被爆者ではない自分が伝えて、本当に人の心に訴えることができるのだろうか」というのは今後ますます重要になる問いでしょう。池田さんはその気持ちを乗り越えてアクションを起こし、アクションをおこす過程で伝える手段を持つという経験をしたのではないかと思います。

今回三宅さんの証言を英語での人形劇にして多くの人に伝えるというプロジェクトを池田さんのグループが選んだ時、その準備の過程で一生懸命三宅さんの話を聞いている姿が印象的でした。また、それをどのように伝えるのかの話し合いを中国と日本出身のメンバーが協力しながら幾度も重ねていました。最終発表会には三宅さんもきてくださり、「とてもよかったよ」と池田さんに声をかけていました。池田さんにとっては被爆者である三宅さんからのその一言が、きっとひとつのエールになったのではないかと思います。

ピースボート 畠山澄子

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