3.核廃絶へのいろいろな動き

被爆78年の夏、広島と長崎にあった「日常」に焦点をあてました

広島・長崎に原子爆弾が投下されてから、78年目の夏を迎えました。昨年から続くロシアのウクライナ侵攻により、核の脅威が世界で増しています。2023年5月の広島G7サミットで発出された宣言も、核廃絶への言及よりも、核保有を容認する内容であったと言えます。

このような中だからこそ、ピースボートのおりづるプロジェクトは、今年も核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)と協力して、日本、そして世界に「核兵器の非人道性」を改めて伝えました。

 

国会議員討論会「核兵器廃絶へ 日本はいま何をすべきか」

全政党から集まった国会議員たち

8月5日、ピースボートも参画する「核兵器廃絶日本NGO連絡会」主催の本討論会では、核兵器廃絶に向けて、国内外で直面している課題を明らかにし、日本が今とるべき行動について議論しました。与野党から党首を含む国会議員、国連の中満泉事務次長、被爆者のサーロー節子さんが参加しました。

「核兵器を持つことが究極的な駆け引きの手段であるように語られる中、むしろ核リスクを抑え、その方法を実際に話し合うことが大切」だと中満泉・国連事務次長。ロシアのウクライナ軍事侵攻が続き、世界での核の脅威が日々高まる状況の中、日本が被爆国として、核廃絶に向けての役割が大きいことも改めて確認しました。被爆者のサーロー節子さんの「二度とああいうことが起きてはならないんだ。だから核兵器廃絶のみが我々がとるべきオプションなんです。」という言葉からは、原爆のもたらす悲惨さと原爆投下は二度とあってはならないことだという強い想いを感じました。

サーロー節子さん(左)と中満泉さん

また、自民党以外の全政党の関係者が、2023年11月に行われる核禁止条約第2回締約国会議にて日本のオブザーバーとしての参加を強く求め、日本の国際的な立場についても議論されました。

当日の映像:

 

広島と長崎から世界へ向けてオンライン生配信

ピースボートはICANと共に、8月6日の8時15分に広島から、8月9日の11時2分に長崎から追悼の祈りを捧げました。被爆ピアノの演奏、被爆前の人々の写真を紹介することで、多くの人々の日常が原爆によって奪われたことを改めて世界に発信するものでした。

広島からの配信では、おりづるユースの瀬戸麻由さんが進行役となって、8月6日当日朝の様子、原爆ドーム、平和公園になる前の中島町のことなどを話しました。78年前まではここに公園があったのではなく、人々が賑やかに暮らす町であったことを強調しました。その後、被爆して亡くなられた河本明子さんのピアノ演奏とともに、明子さんの生い立ち、原爆投下の日の出来事、翌日に亡くなられたことなどを伝えました。最後は、このピアノを所有・管理するHOPEプロジェクト二口とみゑ代表からの「明子さんのピアノの調べが途絶えることのない平和な世界でありますように」というメッセ―ジで締めくくりました。

鳥巣智行さんの企画した、長崎新聞の意見広告「武力か対話か」

長崎からは、当日の長崎新聞に掲載された意見広告を紹介。この広告を企画されたクリエイティブ・ディレクターの鳥巣智行さんにも登場して頂きました。これは、きのこ雲にも2人の人が対話する姿にも見えるイラストで「武力か対話か」と問いかけるものでした。また、被爆して枯れかけたところから再生した山王神社の被爆クスノキや、原爆投下で一瞬にして失われた人々の日常の姿を写真で紹介しました。

広島(英語、一部日本語字幕あり):

長崎(英語、一部日本語あり):

長崎から「知る、忘れない、つなぐ」

8月9日の夜、ピースボートは、生活協同組合パルシステム茨城 栃木、パルシステム福島、パルシステム千葉との共催で、被爆78年を迎えた長崎を紹介しました。

平和活動に取り組む長崎大学生の村上文音さんが、多くのキリスト教徒が犠牲になった「浦上天主堂」や爆心地公園の様子を伝え、長崎市長の平和宣言の作成に加わり、誰が耳で聞いてもわかり易い表現を目指したことを話しました。また、原爆で甚大な被害を受けた山王神社の被爆クスノキが、樹勢を盛り返し今では「生命の尊さと平和への願い」を伝えるシンボルとなっていることを、純心大学生の神崎圭太さんが紹介しました。

村上文音さん

また、おりづる被爆者の三田村シズ子さんが長年ピースボランティアとして案内をしている、城山小学校(爆心地から500mのところにあり、当時爆心地から一番近い小学校でした)も映像で紹介しました。城山小学校は、現存する小学校でありながら、校舎の一部は一般に公開されている平和祈念館になっています。そこには、三田村さんがピースボートで世界を周って集めてきたメッセージも展示されていました。その後に、三田村さんに直接登壇して頂いて、紙芝居によって被ばくの実相を改めて参加者と共有しました。

写真で作った紙芝居を披露する、三田村シズ子さん

最後に、次世代へつなぐ活動も取り上げました。2009年より、長崎の被爆を風化させないために始まった「忘れないプロジェクト」。原爆投下時刻11時2分の「日常」の写真を送ってもらうもので、今まで通算1198枚の写真が集まっているそうです。プロジェクトの主宰者・小川忠義さんは、「11時2分の日常の写真を送ってもらいたい。その『日常』が78年前の8月9日には一瞬にして失われたということを伝えたい。」と述べています。小川さんは、孫娘さんとともにインスタグラムでの宣伝など外国にも発信をしています。

ウクライナ訪問時の写真を展示して、ウクライナの平和も願う小川さん

 

2023年8月9日、タイトルにもあるように、長崎の原爆被害を知り、未来の平和へとつなぐために今何ができるかを考えさせられる配信となりました。

当日の映像:

文:渡辺里香

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