1.ヒバクシャ証言の航海

第2回おりづるプロジェクトが帰航。記者会見を行いました!

12月11日(金)、無事に67回クルーズが帰航しました。10名のヒバクシャの方、そしてシンガポール、エジプトまで一緒に乗船していた「おりづる高校生」3名もかけつけて、にぎやかな帰航となりました。

船から下りられたみなさん、お疲れなはずなのに、記者会見、その後のインタビューにも答えて頂きました。おかえりなさい&お疲れ様でした。

記者会見では、川崎からのクルーズ内での成果を報告。寄港地イタリア・ローマ、エクアドル・マンタでの成果、また今回はドイツと韓国から大学生がIS(国際奨学生)として乗船。日本だけでない国の若者たちへ「戦争と和解」についての学びに対して貢献できたという報告がありました。

今回参加していた田邊俊三郎さんと大崎静子さんが発言。
●田邊俊三郎さん(80代)
たくさんの人と一緒に旅をした有意義な時間でした。特にエクアドルでは「平和憲法をつくり基地をなくした」ということを知って、日本の基地をなくす取組をしていかなければと思いました。
それからタヒチで核実験の被害者との交流をして、オバマ大統領はじめ世界の波が核兵器を廃絶しようとしているのに、タヒチだけが取り残されていることを知ったんです。「核実験をされたのに、平和を語れない。被爆者への保証を訴えられない。核廃絶を訴えることができない人たちがいたんです。フランス領のタヒチは大国の植民地支配から未だに抜け出せていないからなんです。

●大崎静子さん(60代)
高齢になった被爆者が核廃絶を訴える熱い思いを世界中をまわって感じてもらえたと思います。
同時に一緒に乗っていた500人向けた企画をできたことで、連帯も生まれたんです。
そして戦争の被害者や社会の中で弱者とされている人が平和へ力を注いでいる姿を知り感銘を受けました。今後は日本の9条の必要を訴えていく活動に注いで行きたいと思いました。

そして一緒に参加していた高校生3名も帰国してから日が経った今、思い返した気持ちを語ってくれました。
●下村優太郎くん
船に乗る前は、そこら辺にいるいわゆる“普通の高校生”だったと思います。基本的には聞く側で、人前でしゃべることもあまりなかったけれども、乗船するとしゃべる側になるしかないんですね。そのチャンスが短い間だったけれどもあったことで、自分は変われたと思います。

●田中直人くん
生まれて初めて被爆者と出会ったんです。それまで被爆者は日常にはいなかったんです。何気ない日常で過ごした船内にいつも被爆者がいたのが、帰国してみると当然ながら、いつも通りの(被爆者のいない)生活がありました。被爆者と関われることがないという“日常”に気づかされたんです。今では大きな体験だったと実感しています。
●輿美咲さん
体験を証言だけでなく一緒に生活することで、被爆者といっても1人1人性格も違うし、10代の頃の話をしたりする内に自分のおじいちゃん、おばあちゃんに思えてきたんです。身近な人が自分と同じ世代にこんな体験をしているという想像ができたとき、問題を解決する方法を考えるようになりました。人に話すときには、想像力を持ってもらえる話し方を心がけたいと思っています。

<掲載記事>
中国新聞
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn200912120025.html

共同通信
http://www.47news.jp/CN/200912/CN2009121101000283.html

※この様子の写真は後日アップします。

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