2008年_第1回ヒバクシャ地球一周(第63回ピースボート)

コロールにてパラオの女性/反核活動家と交流~終わりからはじまりへ~

 1月8日、ピースボートは63回クルーズ最後の寄港地となるコロールへ入港。パラオの非核憲法を守る活動を行っていた市民団体「キッタレン」の元メンバーたちと交流した。

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(交流会場)

 パラオはアメリカの信託統治領から1994年に独立した共和国。だが、いまだアメリカの巨大な権力下にある。その如実な例がアメリカによって「凍結」されている非核憲法。パラオは、アメリカの核実験場とされたマーシャル諸島の二の舞を恐れ1981年に住民投票によって核の使用・製造・持込みを禁止する非核憲法を成立させた。しかし、93年のアメリカとの自由連合協定締結の際、経済援助と引きかえに、軍事・防衛権はアメリカに譲渡され、非核憲法は実質的に効力を失ってしまったのだ。「キッタレン」は、自由連合協定に反対し闘ったが今は解散。今回日本からの被爆者を迎えるため特別に再集結した。

 港を出た一行は、国立博物館を訪れ、パラオの過去100年以上に渡る被占領地としての歴史を学んだ。展示室の一部は日本の占領統治の解説に当てられ、日本がパラオの伝統や宗教、政治経済へ与えた多大な影響を伝えていた。当時の学校での出来事をつづった体験記や古い写真、公文書などを興味深く眺める。

 その後ミューンズ村へ移動し、キッタレンのメンバーと村の人々に出会う。キッタレンの中心メンバーのひとりトシエ・バーニー・ギルダーマンさんは、歓迎のスピーチで日本がパラオの反核憲法を長年支持してきたことへの感謝、キッタレンの厳しい運動の道のりと非核憲法の現状を伝えた。彼女の父、ベドール・ビレズ氏は反核運動の中で暗殺されている。

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(キッタレンの中心メンバー、トシエ・バーニー・ギルダーマンさん(中央))

 「パラオは独立国といわれますが、実際はアメリカの支配下にあります。私たちの憲法はもはや非核憲法ではなく、アメリカは必要なものを何でも持ち込むことができます。自由連合協定による経済援助は今年で打ち切りですが、軍事的影響はこの先何十年続くか知れません。」

 参加被爆者を代表しては松本滋恵さんがスピーチを行った。「過去日本はこの地を植民地とし、多大な搾取、虐げを与えました。」と謝罪から始めた松本さんは、戦死した父が眠るパラオに来た感無量の思いと広島での悲劇を伝え、日本とパラオは共に反核の精神を持つ国として手を取り合っていこうと結んだ。

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(証言する松本滋恵さん)

 感動した会場では活発な意見交換がなされた。日本とパラオが協力してできることは何かという問に対しては、70~80年代にみられたNGOや家族レベルの積極的な交流が復活し、若者の育成やパラオの新たな産業づくりのための技術協力が進めばいいとの回答があった。

 キッタレンのメンバー、71歳のアントニナ・アントニオさんは「戦争さえなければ日本とパラオは兄弟のようになれた。もう二度と戦争を繰り返さない手助けをして欲しい。」と日本語で述べ大喝采を買った。同じくメンバーのエリザベス・ジョナさんも「戦争は過去のものとして、これからの将来に期待したい。私たちは日本人が好きだから、日本とパラオの国際結婚も大歓迎。」と言い会場を沸かせた。

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(アントニナ・アントニオさん)

 最終寄港地パラオでの交流は、相手の過ちを許す優しさと、間違っていることには”NO”という強さに触れるものとなった。(藤井栄里子)

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(活発な質疑応答が続いた)
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(メッセージをバナーに書き込むキッタレンのメンバー)

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