3.核廃絶へのいろいろな動き

ブラジル移住の被爆者証言、アルゼンチン人監督が映画に

ブラジルに住んでいる被爆者たちの証言のドキュメンタリー映画をアルゼンチン人の映画監督、ロベルト・フェルナンデスさん(49)が制作しています。

撮影対象の被爆者たちは、広島・長崎で被爆をし、戦後ブラジルに移住した人たち。
そしてフェルナンデスさんは、アルゼンチンで貧困、格差などをテーマに社会派ドキュメンタリー映画を撮って数々の映画祭に出品、ブエノスアイレス市から表彰されている映画監督。

今回の映画もブラジルに移住した日本人の苦難を撮影しようと2006年にブラジルに移住し、それがきっかけで「在ブラジル原爆被爆者協会」(現・ブラジル被爆者平和協会、約120人)の森田隆の講演会を聞き、
そこで衝撃を受け、被爆者の証言を中心にしようと決意した。

映画の撮影に当たって、63~92歳の30人あまりの被爆者を取材し、
たくさんの人々のなか、「つらいから話したくない」という人もいたそう。
しかしフェルナンデスさんは、「今を逃せば、彼らの記憶を残す機会は失われる」と語り、取材を続けています。「撮影した人々は、被爆と移民という厳しい人生を歩んできたが、平和への願いを強く持ち続けていた。その思いを南米の若者にも伝えたい」と話し、映画には平和活動をするブラジルの若者も登場します。

この映画はまずブラジルで被爆65年の夏に公開を予定しており、その後広島平和記念資料館への寄贈を希望しています。
様々な苦難を乗り越えて、「懸命に生きる姿」のドキュメンタリー映画を65回原爆忌に向けて制作中です。

そして現在航海中の68回ピースボートクルーズに、そのフェルナンデスさんと先ほどのブラジル被爆者平和協会の森田さん、同協会の渡辺さんが「おりづるプロジェクト」のゲストとして乗船しています。森田さんと渡辺さんは、第1回ヒバクシャ地球一周(63回クルーズ)にも乗船されました。 「平和市長会議」の拡大のため、リオデジャネイロ(ブラジル)、ブエノスアイレス(アルゼンチン)、モンテビデオ(ウルグアイ)の南米3都市を寄港し、ちょうど先日、68回クルーズがリオデジャネイロに寄港しました。

森田さんは21歳のときに広島で被爆し、戦後ブラジルに移住。84年に「在ブラジル原爆被爆者協会」を設立しました。
日本以外にも原爆のヒバクシャはいる、という事実を広めるために外国人被爆者のサポートに取り組んでいます。

渡辺さんは2歳8ヶ月の時に広島で被爆し、体験を覚えていません。25歳でブラジルに移住をしたが、自分がヒバクシャだと知ったのは里帰りをした38歳のときでした。2003年から「在ブラジル原爆被爆者協会」に携わっています。

広島・長崎の被爆者は日本だけではなく、ブラジル、オーストラリア、韓国、米国などにもいる。
森田さんと渡辺さんはそのあまり知られていない被爆者の新たな面を、乗船し、証言することによって広めていく取り組みをしています。

※「平和市長会議」は広島・長崎の両市長が核廃絶のために「核廃絶に向けての都市連帯推進計画」を提唱し、世界各国の市長に協力を求めているものです。2010年2月1日までに134ヶ国・地域、3562都市の賛同を得ています。

こちらが「在ブラジル原爆被害者協会」(現・ブラジル被爆者平和協会)のウエブサイト。

こちらが「平和市長会議」のウエブサイト。

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