2011年10月18日、ブラジルのニッケイ新聞に、ピースボート共同代表でおりづるプロジェクトディレクターの川崎哲のコメントが写真つきで掲載されました。
記事では、
原子爆弾による直接の被害を受けた日本が原子力発電を推進するにいたった歴史を名古屋大学特任教授の春名幹男先生が振り返り、日本の反核運動に対して脱原発運動が大きな流れとして現れなかった要因を川崎哲が市民運動の反省を踏まえて述べています。
▼被爆国と原発 反核と脱原発結びつかず 始まりは米のプロパガンダ
(インターン 蓮沼)
2011年10月18日、ブラジルのニッケイ新聞に、ピースボート共同代表でおりづるプロジェクトディレクターの川崎哲のコメントが写真つきで掲載されました。
記事では、
原子爆弾による直接の被害を受けた日本が原子力発電を推進するにいたった歴史を名古屋大学特任教授の春名幹男先生が振り返り、日本の反核運動に対して脱原発運動が大きな流れとして現れなかった要因を川崎哲が市民運動の反省を踏まえて述べています。
▼被爆国と原発 反核と脱原発結びつかず 始まりは米のプロパガンダ
(インターン 蓮沼)
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