1.ヒバクシャ証言の航海

世界の核兵器を減ることになった歴史的な場所 in レイキャビク

2015年7月25日、第8回おりづるプロジェクトは105日間の証言の航海を終えて、無事に帰国しました。遅くなってしまいましたが、クルーズ中の寄港地プログラム報告をさせていただきます。

記録ドキュメンタリー映像:『I Was Her Age /過去と今の対話』

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2015年6月10日、いよいよ、ヨーロッパ寄港地ラッシュも最終日となりました!
最後に訪れたのはアイスランドのレイキャビックです。

アイスランドは人口がとても少ない国で、そのほとんどが首都のレイキャビックで生活をしています。軍隊がない国としてでも有名ですが、大きな地熱発電所を持っており、その発電所でアイスランドの人口以上の発電をしている国でもあります。

そんな中、私たちはホフディハウスで証言を行いました。
ホフディハウスをご存知でしょうか?
実はこの小さなおうちは歴史的にとても重要な場所です。

1986年、時代は冷戦真っ只中です。
この冷戦時に、アメリカのレーガン大統領とソ連のゴルバチョフ書記長が会談したのが、ここホフディハウスなのです。
実際にこの会談は成功とはいえませんでしたが、核廃絶のための話し合いがもたれたことは事実ですし、なにより、ここから核の数が減っていくことになります。

 ホフディハウスの前で

そんな歴史的な場所で、ダガー・エガートソン レイキャビク市長に迎えられて証言をしたのは、広島出身の廣中正樹さんです。
今回、幅広い年齢層に聞いて欲しいと考え、原爆に関しての具体的な話は大人に、証言の部分は子供も含めてと、2部構成で行いました。
子供向けに会を構成してしまうと、どうしても具体的なことが伝えられないとのことから今回は新しい試みに挑戦してみました。

 市長が温かく迎えてくださいました

全体を分けたからこそ、大人は知識の面も、そして子供たちは証言に集中できたと思っています。
廣中さんの証言は、紙芝居を使ってのものなので大人でも子供でも聞きやすいものになっています。しかも、事前情報ではアイスランドの人々は英語が堪能なので、日本語から英語への通訳のみで大丈夫ということでした。しかし、子どもたちとなると話は別でほとんどアイスランド語しかわからない、とのことでしたので、急遽日本語から英語へ、そして英語からアイスランド語へとの二重通訳となりました。日本以外の地で証言をすることに、慣れてきたチームだからこそ臨機応変に最適な方法で被爆証言を提供できるようになった証でした。

 子どもたちとの交流

そんな言語的な努力のお陰もあってか、廣中さんが涙ながらにお父さんとの別れの証言をしているとき、前で話を聞いている子供にそっとお父さんが寄り添ったり、証言が終わったあとに、真っ先にお母さんに抱き付いている子供が印象的でした。
原爆の恐ろしさとともに、家族の大切が伝わったのではないでしょうか。

少ない人数だったからこそ、相手に寄り添った証言会を作ることができたと思っています。

そして、核の非人道性に関する「オーストリアの誓約」に賛同してくれるよう請願の手紙をレイキャビク市長と在アイスランド日本大使に手渡しました。アイスランドの具体的な行動につながることを願って。

これから12日間の洋上区間に突入しますが、身体を休めるとともに、後半戦の次の寄港地へ向けておりづるプロジェクトも再始動したいと思っています。

(文・おりづるユース 鈴木慧南、スタッフ 渡辺里香 / 写真・鈴木慧南、エマ・バゴット)

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