1.ヒバクシャ証言の航海

ヒロシマ・ナガサキを世界に伝えた夏:おりづるユース特使の挑戦①小林美晴さん

ピースボートスタッフの畠山澄子です。少し時間が経ってしまいましたが、今日はこの夏「広島・長崎のメッセージを世界に伝える」ということにチャレンジした2名を紹介します。

今年の8月に行われたピースボートの日本一周クルーズ(8月3日~23日)。このクルーズには、「おりづるユース特使」として、広島出身の池田穂乃花(いけだ・ほのか)さんと小林美晴(こばやし・みはる)さんが乗船していました。

おりづるユース特使の池田穂乃花さん(左)と小林美晴さん(右)。広島で被爆した「明子さんの被爆ピアノ」と持ち主の二口とみゑさんと。

10年以上おりづるプロジェクトを続けていく中で、被爆を直接体験していない人たちももっともっと被爆の実相を語れるようになり、世界中の人々とともに核兵器廃絶を前に進めていく力をつけなければいけないということを強く感じるようになりました。そのような思いが今回のユース特使の募集に至った経緯はこちらに記した通りです。

選考を経ておりづるユース特使として選ばれた小林さんと池田さんは、多国籍の若者が参加する地球大学特別プログラムの一員としてクルーズに参加しながら、広島・長崎のことを各地で伝えました。この中で二人が考え学んだことは、私たちが「ヒロシマ・ナガサキ」を世界に伝えていくうえでとても大切なことなのではないかと思います。二人の感想を2回に分けてお届けします。

(池田さんの感想はこちら

それでも伝えるには~加害と被害の先のヒロシマ・ナガサキ~(小林美晴)

今年の「日本一周クルーズ」でおりづるユース特使を務めた小林美晴です。今回、私はおりづるユース特使としてだけではなく、地球大学特別プログラムの地球大学生の一人としても参加しました。船の上での生活や英語を使ったコミュニケーション・ディスカッションなど慣れないことばかりで戸惑ったことも多かったですが、洋上ゼミやエクスポージャー、参加学生たちとの交流を通して様々なことを学ぶことができました。その中でも特に学びが深まったと感じているのは原爆と日本の加害の歴史についてです。

プログラムの中で、被爆者の方から被爆体験をお聞きしたり、広島の平和記念資料館、長崎の平和記念公園の訪問を通じてヒロシマ・ナガサキの原爆について学び、また長崎の岡まさはる記念館、韓国・釜山の国立強制労働歴史館、韓国・ソウルの戦争と女性の人権博物館などを訪れ日本の加害の歴史についても学びました。これらの活動を通して、参加学生から「日本は原爆が落とされた被害者の国という意識が強すぎる」「原爆投下はよくないことだが、日本の加害の歴史の面を考えれば正当化されうる」などの日本の歴史認識に対する疑問や原爆投下の正当化に関する意見が多く聞かれました。実際に今の日本の歴史認識では加害の歴史を否定したり正当化したりするものがあったり、日本の教育の中で加害の歴史について触れることはほとんどないことから加害の歴史についてあまり知られていません。

植民地化されていたアジアの国々から見ればこうした日本の歴史に対する姿勢に疑問が生まれることは必然的なように思いました。また、日本の植民地の歴史を知れば知るほど、原爆が投下されたことで植民地化が終わるきっかけになったという意見にも納得ができました。しかし、たとえ原爆投下が戦争を終わらせることになったとしても、戦争を終わらせるために罪のない多くの人の尊い命が奪われる必要はなかったし、核兵器の非人道性を考えた時にもやはり原爆投下が正当化されることは絶対にありえないと強く思いました。ですが、日本における歴史認識の在り方を見る限り、私がこれまで行ってきた広島で広島の原爆について伝えるやり方では広島を知らない人、いわゆる一般的な人たちに原爆の悲惨さは伝わらないと感じ、広島の原爆を伝えようとするときに、ただ原爆だけを話すのではなく過去の歴史に触れることの必要性と重要性をこのプログラムを通じて痛感させられました。

この21日間のプログラムは何度振り返ってみても本当に充実したものだったと感じています。このプログラムを通して原爆や日本の加害の歴史はもちろん、国際問題、朝鮮戦争、災害復興などを学び、また参加学生との議論を通じてさらに学んだことを深めることができました。私にとってこれらの経験がかけがえのないものになったことは間違いありません。ここで得た経験、知識をこれからの人生に生かしていきたいと思います。

地球大学特別プログラムの参加者。
平和と核兵器廃絶だけでなく広く持続可能な社会をテーマに様々なトピックを扱いました。

おりづるユース 小林美晴

***

原爆について国外で伝えるとき、とりわけ日本が戦時中に侵略をした歴史のあるアジアの国々においては、「結局何を伝えたいのか」ということが問われます。それが当事者でない場合はなおさらです。

プログラム期間中の小林さんは、今まであまり知ることのなかった日本の加害の歴史に触れ、「このような加害の歴史を知り、私はもう広島を語っていいのかわからなくなった」と涙をこぼしていた時期がありました。これまで被爆者の声を伝えたいという一心でやってきたのにそれが伝わらないもどかしさ、伝えられない悔しさに、苦しんでいました。

しかし、小林さんは強かった。厳しいコメントや意見から目を背けずに何度も何度も他の参加者と議論をし、訪れた韓国でもたくさんの人の声に耳を傾けました。その末に出した結論が、この文章に凝縮されていると感じます。加害の歴史をきちんと認めた上でも許されない「人道的悪」があるということ。ただし、それをきちんとわかってもらうためには、日本が犯した数々の凄惨な行為からも目を背けてはいけないし、それらについても語ることではじめて対話が始まるということ。

クルーズ最終日、小林さんは台湾の学生とともに日本の加害の歴史、原爆、慰安婦問題などを扱うトークセッションを行いました。まずは船の人たちに伝えるところから、と挑戦した第一歩でした。今回得た友情と勇気を源に、小林さんのますますの活躍を祈ります!

ピースボート 畠山澄子

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