2008年_第1回ヒバクシャ地球一周(第63回ピースボート)

イタリア・パレルモでは反核・人権・環境団体との交流

11月9日、前夜にマルタを出航した我々は、昼過ぎ、イタリア南部に位置するシチリア島に入港。今日は、地元パレルモで反核や環境問題などをテーマに活動する複数の市民団体との交流であり、それぞれの団体の活動テーマは非核、女性や子どもの権利、環境問題など、多岐に渡っている。

最初に、パレルモ市議会議員のリタ・ボルセリーノさんが歓迎の挨拶を行う。ボルセリーノ議員は、数年前、シチリアマフィアと対決する判事をしていた弟を殺された過去を持ち、今も反マフィア運動の中心で活動している。自身の辛い経験を話した後、イタリアの原発問題に触れ、政府は再開発を進めようとしているが断固反対で、心から恥じている、と締めくくった。
次に話したのは、ISDEという医師で構成された環境団体のエルネスト・ブルッジョ副会長。スライドショーを使って、トルーマンによる原爆投下の意図は実験であったと説明し、核の問題は、現在も原発という形で存続していると語った。
3番目のスピーカーは、パレルモ大学生態学部のシルバーノ・リッジョ教授。1943年に起きた米軍によるパレルモ大空襲で4万人もの死者が出たことを説明し、一般市民を巻き込んだ大量虐殺という意味では共通しており、原爆被害とは大幅に規模は違うが、被害者としての同じ思いを持っていると語った。

(今もマフィアと闘うリタ・ボルセリーノ議員)

 

(パレルモ大学生態学部のシルバーノ・リッジョ教授)

 

次に竹内康三さん、永井佳子さん、元山壽恵子さん、山口廣治さんの被爆体験が続く。竹内さんは写真パネルを使っての広島の被爆状況を、永井さんは黒い雨を浴びたことによってヒバクした経験を、そして元山さんは長崎での被爆経験から、現在長崎の高校生を中心に10年以上続けられている平和活動「高校生1万人署名」について、山口さんもパネルを使って長崎の説明をした。そして9条ユースアンバサダーとして乗船している中島泰子さんが平和憲法の意義と平和な世界を作るためにすべての国が9条を持つ必要性を訴えた。

(原爆パネルを使っての被爆状況の解説)

 

(広島の被爆地図を横に証言する永井さん)

その後、アムネスティ・インターナショナルのアルベルト・エラシベッタさんが、アムネスティが現在取り組んでいる兵器の密輸摘発について解説し、ここ最近では今日の被爆証言を聞いたことが一番の収穫だったと述べ、被爆者4人にアムネスティから「自由へのパスポート」が贈られた。最後に、1943年のパレルモ大空襲を経験した反核団体C.E.P.E.Sのニコラ・チペッタ会長が、「爆撃を受けた時、自分の中ではすべてが終わったように感じた。原爆被害に遭われた人たちも同じ思いだったのではないか。悪魔の技術である核開発は今も大国のエゴで続けられている。その後に起きたチェルノブイリ事故でイタリアも被害を受け、今も使用済みウランの処理問題は解決していない。ここパレルモでも多くの若者が核開発に反対している。みんなの力を合わせて阻止しよう」と発言し、今回の交流をコーディネートしてくれたC.E.P.E.Sのフォスカ・メディッツアさんによる『100歳の男』という反戦詩の朗読で会は終了した。

(長崎での現在の活動を話す元山さん)

 

終了後も、取材に来たイタリア国営放送(RAI)などテレビ局3社、通信社、新聞社とヒバクシャへの個別取材が続くなど、イタリア側の関心の高さを物語っていた。山口さんは「長崎の被爆説明をする予定だったが、トルーマンの話を聞いて、被爆後35年後に原爆投下が実験だったことを知らされたことを思い出し、つい熱くなってしまった。あのような人権を無視した悲劇を2度と起こしてはならない」とコメントした。

(自由へのパスポート」を掲げる山口さん)

(テレビ取材に応じる山口さん)

関連記事

  1. 核軍縮プロセスの出発点となった町@アイスランド
  2. 外務省、2つの高校、ノーベル賞 in スウェーデン
  3. 戦争のその後。~台湾で学ぶ人権と白色テロ時代~
  4. ウラン産出国オーストラリアと核拡散問題
  5. 第9回おりづるメンバー横浜帰港!
  6. 第9回おりづるプロジェクトの振り返り映像
  7. 高校生平和大使 タヒチから帰国、そして声明は国連へ
  8. 告知:明日、ヒバクシャ代表団国連イベント

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

PAGE TOP