1.ヒバクシャ証言の航海

アウシュビッツ:ホロコースト生存者との証言交流会

6月2日、ヒバクシャ8名はコペンハーゲンから飛行機を乗り継いでポーランド南部のオシフィエンチ市にあるアウシュビッツ強制収容所に向かいました。ホロコーストでは、ユダヤ人、ポーランド人やジプシー共産主義者、反ナチス活動家など欧州全体で600万人の犠牲者が出たといわれています。アウシュビッツ収容所内では、約110万人が犠牲になりました。

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アウシュビッツ解放の前に破壊されたガス室

まず最初に、アウシュビッツ第一強制収容所に向かいました。入り口に掲げられている「ARBEITMACHT FREI(働けば自由になる)」という言葉が当時の不気味さを思い起こさせました。ここには、約30の施設が立ち並び、多いときで約2万人が収容されていたそうです。10号棟には人体実験が行われたとされる実験施設、11号棟には銃殺刑を執行するための「死の壁」がありました。死の壁の前には、多くの花や供え物がされておりここを訪れる世界各国の人たちが目に浮かんできました。

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死の壁に面した窓は閉じられていたが、音は聞こえたのだろう

アウシュビッツ第2収容所ビルケナウには、当時300以上のバラックが建ち並んでいたそうです。1994年時には約9万人が収容され家族向け、労働者向け、女性専用といった監房に分けられていました。冬にはマイナス20度近くになり、劣悪な労働と衛生状況で生き延びた人は、ごくわずかだったそうです。

ホロコースト生存者である92歳のウィルヘルム・ブラッセさんがアウシュビッツで過ごした約5年間について証言してくださいました。ブラッセさんはポーランド人とドイツ人の両親を持ち育ちヒットラーに忠誠を誓うことを拒否して逮捕されました。収容所では、写真家としての経験を買われて囚人写真や実験の写真を撮る仕事を任されていたそうです。人体実験を行っていたナチスのドイツ人医師ヨーゼフ・メンゲルに頼まれて撮影した話など当時の状況と時間を事細かに覚えている様子が大変印象的でした。ブラッセさんは、ご高齢にもかかわらず2時間半にわたって当時の辛い状況を話し、「ホロコーストのような悲劇が二度と起きないために、若い世代が歴史を学ぶ機会を大切にしてほしい」と述べました。
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当時撮影した写真と共に

その後、兒玉光雄さんが被爆証言を行いました。ホロコーストと原爆は同じ時期に起きた人類の悲劇で両者の生存者が同じ場に集って証言を行うことは、大変意義のあるものだと感じました。証言を聞き終わったブラッセさんが、兒玉さんに手を差し伸べ、抱擁をされた姿に、辛い記憶を抱えて生きてこられたお二人が言葉の壁を超えて繋がられたことを感じました。

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ご高齢にもかかわらず3時間の証言を頂きました

地元の高校生たちは、「日本からポーランドに来てくださった被爆者の皆様とお会いできたことは大変うれしく思います。原爆の被害にあった被爆者とホロコーストの悲劇を経験した国の若者が同じ場所に集まり、意見を交換しあったことは、私たちにとって未来への財産となりました」との言葉をくれました。

(佐々野桜)

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過去から未来へ、平和への想いを託して

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