おりづるプロジェクトインターンのハルです。
8月7日、物品販売やおりづるイベントのサポートをするため、夜行高速バスで長崎へ駆けつけました。
長崎駅に着きました。
町中には広島と同じように、路面電車が走っていました。バスと隣同士で走ったいたのがおもしろいと思いました。赤とクリーム色のかわいらしい昔型の電車で、移動に便利です。
濃い緑の山がたくさんあり、海にも山にも恵まれたステキな土地でした。
長崎の中華街にて
ピースボートの川崎哲と長崎名物ちゃんぽんを食べながら打ち合わせ
中華街の所々にはガラス細工のお店が
おりづるスタッフの川崎哲と上泰歩と合流し、中華街でチャンポンと皿うどんをいただきました。皿うどんは細い麺がカリカリしてておいしかったです。中華街には綺麗なガラス細工(ビードロ、など)、カステラ、鼈甲(べっこう)細工が売られていました。
その後、原爆爆心地公園に行ったら「さよなら原発1000万人アクション」のスピーチをしていました。
200名ほどの方が集まっていたと思います。沢山の方々が、ビブスを来たり、サインを持ったりして原発反対を訴えていました。
「さよなら原発1000万人アクション」@長崎爆心地公園
「子供達を放射能汚染から守ろう!」
「さようなら原発」
「原発なんていらない!」「エネルギー政策転換を!」
いろんな色の幟(のぼり)旗がとても目立ったのですが、
あまり日本でデモや抗議行動を見たことがない私は
それをみて、昔の日本の戦のシーンを思い描いていました。
日本語は本来縦書きだから幟旗になるのだろうと聞きました。言われてみれば、英語などは横書きなので、縦にしたら読みにくくなります。幟の色、模様、メッセージなどで所属団体や、立場が分かったりします。
皆さんは熱心にスピーチを聞いた後、デモに出発しました。
集会には色とりどりの幟が。
戦争とは違い、それぞれの団体が同じことを思い、
穏やかにデモをしていることは平和だと感じます。発言したくてもできない国も沢山あるので、(平和的に)国や社会のことを思い、声を出す国民がいてもいいと思います。
いろいろな考えがある中、政府はしっかりと国民の声や社会問題などを把握して適切な対応をしてほしいものです。
最近、福島の地層の話がニュースでも取り上げられていますが、長崎の原爆爆心地公園の木には《被爆当時の地層》というサインが立っていました
次に、ピースウィーク2011in NAGASAKI主催、
安斎育郎氏の講演会に行きました。
テーマは「福島原発ことから何を学ぶか?どうする日本の原発政策」。
安斎氏はお話がとてもお上手で、難しい話をユーモアを取り入れてお話されていました。観客はご年配の方が多くいらっしゃいましたが、大学生か院生らしき学生さんたちも熱心に質問をしていました。
私も実際に石巻にいって現状を確かめた様に、安斎氏も実際に福島へ行き、現状を確かめたそうです。「マジックのトリックに魅了された人と同じように、私たちは“安全神話”を信じてしまっていた。そして今回、福島で恐れていたことが起きてしまった」。安斎氏は、(こういう事態を止められなくて)「申し訳ない気持ちでいっぱい」と申されていました。原子力工学の研究室にいたころから原子力・核政策に反対していた彼は、長年、研究所の同僚など原子力技術を推進している人々から圧力を受け、「お金は出すから、家族でアメリカに引っ越してください」とまで言われたことがあるそうです。
核に関してのプロはたくさんいます。
そういう方々のもっている情熱や情報を元に、今後も平和な未来に繋げる活動をしていくべきではないでしょうか。
最後に長崎のヒバクシャの深堀柱(ふかほり・あきら)さんとお食事をしました!
第4回おりづるプロジェクト参加被爆者の深堀柱さん
最近よくブログや新聞記事で取り上げられている深堀さんですが、
お忙しいにも関わらず、たくさんお話をしてくださいました。
上さんと私の話を聞き「若い者はいいね、」と笑っておっしゃっていました。
食べるものを確保するのも大変で、生きることで精一杯だった頃と比べ、今は大変平和に見えることでしょう。
今の若者たちはヒバクシャの目から見て、「平和ボケ」しているのでしょうか。
平和なのは良いことですが、歴史や事実や証言から今の平和がある理由を学び、
私たちの子孫も平和な暮らしができるよう、がんばっていかなければいけないと思います。
とても充実した一日でした。
8月8日のレポート、<8月8日長崎 映画上映と「おりづる交流会」、参加者の声>
と
8月9日のレポート、<8月9日長崎 折り鶴の意味、一人ひとりができる平和構築>
に続く…
(インターン ハル)
(写真提供:ハル)