3.核廃絶へのいろいろな動き

ブラジル被爆者平和協会の森田隆会長、来崎!

11月21日、長崎にお住まいの阪口博子さん(第4回おりづる参加・被爆2世)よりブラジル被爆者平和協会の森田会長と盆子原國彦さん、またメキシコからは山下泰昭さんが来崎されたということで、そのときの報告が届きました。森田さんと盆子原さんはわざわざピースボートセンターにも寄ってくださり、私たちも再会をとても嬉しく思いました。お二人はその後、広島・長崎にも訪問され、体験を語る会が開かれたそうです。

まずは森田さんと盆子原さんの来崎報告です。

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ブラジル被爆者平和協会の森田隆会長、来崎
体験を語る

2012年11月13日、ブラジル、サンパウロ在住の森田さんが盆子原國彦副会長と共に長崎を訪問されました。
長崎市役所では田上富久市長と面会、「被爆体験をブラジルの若者に話し、平和の尊さを伝えるのが我々の仕事です。これからもがんばっていきたい」と話されました。
また、在外被爆者支援連絡会の主催により、森田さん、盆子原さんの被爆体験や人生について語る会を行ないました。ピースボート乗船の第1回おりづるメンバーも駆けつけ、高校生達と共に話を伺いました。
森田さんは当時軍隊にいて、憲兵をしていました。21歳の時、広島の爆心地から1,3キロで被爆、体に大やけどを負いながらも、被爆者の救護にあたりました。戦後になって、被爆者同士で結婚、2人の子供に恵まれます。時計やミシンの修理で生計を立てますが、被爆後10年頃から色々な症状が出てきました。修理工としての腕を見込んだ方から、転地療養を兼ねてブラジル行きを誘われました。当時は被爆者に何の援護もない時代だったので、1956年家族4人で海を渡りました。そして症状も治り、1984年、現地の被爆者27人でブラジル被爆者協会を設立しました。
森田さんの功績を称え、ブラジルの職業高校の名称が「タカシ・モリタ高校」と名付けられたのは記憶に新しい事です。今年の第15代高校生平和大使にはその高校生2人が選ばれました。
核兵器廃絶高校生1万人署名も数多く取り組んでいて、ジュネーブへと持っていってもらいました。
ピースボートのメンバーも森田さんを囲んで、「あの時は楽しかったね」と思い出を語り合っていました。
このように森田さんとは、在外被爆者問題、ピースボート、高校生の活動と多くの運動を共有する仲間であることを改めて確認した1日でした。(阪口博子)

$    ピースボートのおりづるプロジェクト
写真右が森田隆さん。第一回証言の航海の仲間たちと

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