1.ヒバクシャ証言の航海

~地球一周して改めて出会う~ヒロシマ・ナガサキスタディーツアー①

5月11日~14日、第75回クルーズで出会ったおりづるパートナー(おりづるプロジェクトの企画のサポートなどをしてくださった一般参加者)たちと共におりづる被爆者を訪ねてスタディーツアーを行いました。目的は、世界から帰ってきて改めて自分自身の原点である日本を学ぶこと、船内で関わったおりづる被爆者たちの証言に出てくるゆかりの地を訪れるということです。11日の午前に広島駅で集合し12日の夜行バスで福岡へ。バスを乗りついで13日の昼前に長崎着、14日の夕方に長崎駅で解散という強行スケジュールでしたが、おりづる被爆者10名のうち8名の方と会うことができました!
その様子を2回に分けて報告します!
まずは広島での2日間のツアーについて報告します。

11日の広島駅に集まったのは東京、新潟、茨城などから集まった女子4名です。
広島出身の一人を除いてはみんな広島に来るのは初めてだということ。
まずは広島焼きを堪能し、さっそく原爆ドームへ向かいました。初めて見る原爆ドームを前にみんな真剣な面持ちで黙っていました。
    ピースボートのおりづるプロジェクト-2

しかし詳しい案内は2日目にしてもらう予定になっていたのでこの日はすぐに資料館へ。3時間ほどの時間をかけてみんなじっくりと見学していました。

その後おりづる被爆者の石川律子さんと合流。石川さんは1歳の時に広島で被爆された今回のプロジェクトの若年被爆者の一人です。原爆で小学校教諭であったお父様を亡くし、その後お母様も亡くなり原爆孤児として育てられました。少し石川さんのお話を聞いてから本川小学校へ向かいました。この小学校は当時石川さんのお父様が勤めていて亡くなられた小学校で石川さん自身も教員として勤めることになった場所です。
    ピースボートのおりづるプロジェクト-3

本川小学校は当時の広島市の中では袋町小学校と並んで唯一の鉄筋コンクリートの小学校でした。そのため爆心地から350mという至近距離であったにも関わらず校舎が残っている部分があり、現在平和資料館になっています。爆心地に一番近い学校で10名の教職員と1、2年生の子どもたち約400名のうち先生1人と生徒1人のみが奇跡的に助かりました。
石川さんのお父様が当時勤めていた学校で、原爆が落ちた時間はおそらく学校にいたそうです。
    ピースボートのおりづるプロジェクト-4

平和資料館はペンのようなもので解説ボタンを触ると解説アナウンスが流れるようになっていました。
    ピースボートのおりづるプロジェクト-6

また、校舎には黒い雨の跡も残っていました。
    ピースボートのおりづるプロジェクト-7

今体育館があるこの場所には以前渡り廊下がありました。
    ピースボートのおりづるプロジェクト-8

この渡り廊下からは原爆ドームが見えます。石川さんが教員としてこの廊下を歩いている時にお父様もここを渡りながら原爆ドームを見ていたのでは、とハッとしたという話が証言の中に出てきます。その原爆ドームを私たちも同じ場所から眺めることができました。
    ピースボートのおりづるプロジェクト-9

そして美味しい釜めしを夕飯にはいただき、この日は石川さんのお宅と同じく広島在住のおりづる被爆者、李鐘根さんの家にホームステイさせていただきました。

翌日、2日目(12日)はおりづる被爆者李鐘根さん、松長静子さん、そして75回クルーズの英語トレーニングプログラムのボランティア教師をしていて原爆投下について大学で学んでいたカナダ人のカイル先生も合流ました。
    ピースボートのおりづるプロジェクト-10

まずは李さんが被爆された場所へと向かいます。当時在日韓国人であることを隠して国鉄で働いていた李さんは路面電車を降りこの橋を渡ったところで被爆しました。
    ピースボートのおりづるプロジェクト-12

その後どのように歩きどの場所で何を見たのか、まさに李さんがいた場所をみんなで一緒に周ることができました。街を周る間、李さんは何度も「今歩いているところは家もすべて崩れ何もない焼け野原だった」と説明しました。遠くの世界のように聞こえていた証言が、今私たちが歩いている場所で起きていたことなんだと、証言がリアルになった瞬間でした。
    ピースボートのおりづるプロジェクト-13
街を案内してくださった李鐘根さん

李さんとは午前中で別れその後は松長さんに平和公園の中を案内してもらいました。現在平和公園となっている場所は戦時中は広島の物流の拠点として栄えたくさんの人々が暮らしている場所でした。今では緑の多い平和な空気の流れる場所ですが、この地区で暮らしていた人はもちろん、そのほかにも建物疎開などに従事していた動員学徒の多くが犠牲になり川には遺体があふれたと多くの証言が語っています。数あるモニュメントを説明してもらいながらめぐり、当時13歳だった松長さ
んが遺骨を集めて持っていた原爆供養塔の前で証言を聞きました。
    ピースボートのおりづるプロジェクト-14
証言をしてくださった松長静子さん

またこの日はもう一つの残った校舎、袋町小学校も訪れました。
    ピースボートのおりづるプロジェクト-15

夕方には広島のアーティストたちが行っている「キヲクの再生プロジェクト」の展示を見学に行きました。
キヲクの再生プロジェクト
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松長さん(写真前列中央)と記念写真

    ピースボートのおりづるプロジェクト-18
壁にはたくさんのメッセージが

    ピースボートのおりづるプロジェクト-19
「世界の核の状況や日本の原発事故のことを考えるとどうしたらいいか分からなくて気が滅入ってしまうけれど、ここはポジティブなメッセージであふれていて感動した」と言って涙するツアー参加者笹川琴絵さん(写真右)と広島で若者と一緒に反核運動を展開している今回のプロジェクト企画者安彦恵里香さん(写真左)

    ピースボートのおりづるプロジェクト-20
私たちもメッセージを書きました!

    ピースボートのおりづるプロジェクト-21
カイル先生(写真右)と熱い議論を交わす石川さん(写真左)

色んな想いを胸に、私たちは次の目的地長崎へと向かいます・・・

    ピースボートのおりづるプロジェクト-11

(サポートスタッフ 坂口理香)

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コメント

    • Toshiko Tanaka
    • 2012年 5月 23日

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    有意義な旅をなさったのですね! 丁度、その時期、ニューヨークでキャスリン・サリバンさんのプロジェクト「ヒバクシャ ストーリーズ」にシゲコ・笹森さんと共に参加していて、3日前、帰ったばかりです。向こうでは高校めぐりが主な役割でしたが、原爆投下を決定したトルーマン大統領のお孫さんと会ったり(平和活動をしたいそうです。日本に行きたいとも言っておられました) また、
    国連の募集した「核兵器の無い世界」をテーマとした「子供の絵」の審査員を頼まれたり、(世界中から6700枚位集まりました)結構充実した滞在でした。これからも皆で手を取り合って、「核の無い世界」を作っていきましょう! 「第一回おりづるメンバー」 田中稔子

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