1.ヒバクシャ証言の航海

6月12日、ハワイでアリゾナ・メモリアルを訪問

ブログへのアップが送れてしまいましたが、第7回「証言の航海」で最後の寄港地、ハワイイを訪れたときの様子をユースの浜田さんがまとめてくれました。ぜひご覧ください。
———————————————
ご無沙汰しています。帰国して早一ヶ月が経ちました。帰国して早々、映画の撮影があったり実家の高知と東京を往復したりと楽しく忙しく日々を送っています。

さて、ハワイイの感想と、船に乗っての感想をまだ書いていませんでしたので、溢れんばかりの思いはあるのですが、かいつまんで・・・ちょこっと書きたいと思います。

私は初めてのハワイイで、最後の寄港地ということもありなんだか寂しいような、なんだか落ち着かない気持ちで船を降りました。


ガイドのクリスさん

現地のガイドの方は大柄の優しそうな方で、バスの中でパールハーバーについての歴史を聞いてから、アリゾナメモリアルを訪れました。広大な敷地の中はなんだかテーマパークのようになっていて、沢山の国籍の人々がいました。広島・長崎の原爆記念館とは随分装いが違い、私はふっと靖国神社の傍にあった遊就館を思い出してしまいました。


アリゾナ・メモリアル

戦艦が沈んでいるところを見に行くには20分程度のビデオを見る必要があり、IMAXかのような大きなスクリーンでアメリカの歴史とパールハーバーがなぜ・どのように起こったのか、という内容のビデオを見ました。まるで一つのアクション映画を見ているようなその映画では、しきりに「remember」「honor」(覚えていなさい)(恩恵・名声の意)という言葉が発せられていました。


アリゾナ・メモリアルから見える戦艦ミズーリ

私にとってアリゾナ記念館で特に印象的だったことは、

1、沈んでいるアリゾナを見ているとき、日本語音声ガイド(イヤホンで聞く機械のもの)が「美しい藤壺を見てください」と言ったこと。(沈んだアリゾナには沢山の藤壺が出来ていたんですが、わざわざなぜその一言を入れたのか私には理解できませんでした。しかも、それ以上の説明は何もありませんでした。)

2、未だにアリゾナから流れ出るオイルは「黒い涙」と言われているということ。(remember、が「復讐」に思えた瞬間でした。)

3、アリゾナに乗船していて生き残った元兵士たちも、亡くなればアリゾナに葬られるということ(未だに英雄として扱われているんだな、と感じました。)

でした。


アリゾナ・メモリアルは多様な人々であふれていました


メモリアルは、沈んでいる戦艦アリゾナの真上にたてられています


昼食会場に、地元の若者が会いに来てくれたので
少しだけ話をしました


被爆者の率直な思いはとても胸に響きました


インドネシア、シンガポール、ハワイイなど、ルーツの違う
若者の意見にはハッとさせられるものも多くありました

アリゾナメモリアルは私たちプロジェクトメンバーに大変重くのしかかり、ハワイイを訪れた後のミーティングでは各々感じた事を長い間話し合いました。その意見の中には、私たち戦後生まれのユースとは違う感情であったり、時代や自分たちの積み重ねてきたもの、考え方の違いを感じました。


アリゾナ・メモリアル内にある追悼碑
船内でのミーティングでは、兵士と民間人では命の重さが違うのか、
亡くなった数の大きさで行為の責任の大きさが変わるのか、など
議論しました

私は船に乗船する前に、「被爆者と若者の架け橋になりたい」と言っていましたが、実際、どのようにして架け橋になるのか、またできることはどんなことなのか、最初はすごく模索していました。

しかし船で学んだ「架け橋になる」ということは、

若者に対して「きっかけになる」ということと、歴史や認識、想いを分かりやすく伝えながら双方の理解するプロセスを手助けするということ、なのではないか、と考えさせられました。

最後に・・・

平和の為に運動を起こすことや、政治について考える事は、私と同年代またはもっと若い人達にとって、なぜか遠いことのように感じます。メディアを鵜呑みにして、誰かの考えをツイッターでリツイートしてフェイスブックでシェアして、自分自身の考え方はあまり必要とされないし、「誰かがやればいい」、なんだかそんな風に考える事の出来る世の中だと思います。

自然に思考が止まってしまい、自分の今の生活や目
先の事だけにとらわれて生活していた私に、ピースボートは「自分で考える大切さ」また「自分の意見を持つ大切さ」をしっかりと面と向って教えてくれました。

そして、演劇も船内や寄港地でさせて頂きました。こんなに自由に、目指す演劇をすることが出来たのも大学の時以来。「船の中で出来ないことは陸でも出来ない。」おりづるプロジェクトのディレクターである川崎さんの言葉です。その言葉をずっと胸にして船の中で生活してきましたが、

これからは「船で出来たんだもの。陸でも出来るさ」そんな言葉に変えて、これからも頑張っていこうと思います。

ピースボートの関係者の皆様にこの場を借りて深く感謝したいと思います。そして応援して下さった家族や友人、ブログを見てくださっていた皆様、一緒に活動してきた被爆者やユースのなおちゃんにも感謝したいと思います。

本当に、ありがとうございました。

P.S. これからの私の活動もぜひ応援してください!まだお会いした事のない皆様にお会いできる事、楽しみにしています!まずは報告会でお会いしましょう!(「浜田あゆみ アメブロ」で検索してください♪)

(おりづるユース特使 浜田あゆみ)

関連記事

  1. 2012年8月の広島・長崎を振り返って②
  2. 第63回クルーズのおりづるメンバーらが全国キャラバン中!!
  3. メキシコシティ訪問団①:日本政府
  4. U-Brainsのみなさんから・・・ヒバクシャ地球一周 証言の航…
  5. エルサレム「嘆きの壁」で核廃絶を祈りました
  6. 橋爪文さん『新版 少女・14歳の原爆体験記』の紹介
  7. アウシュビッツに行ってきました。
  8. Horizon2012-中東非核地帯へ向けての航海

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

PAGE TOP