1.ヒバクシャ証言の航海

船内ファイナル企画『未来を紡ぐ物語』


7月21日、第8回 証言の航海の最後の船内企画を行いました。
105日間にわたって、1000名の船旅参加者のより多くの人に、被爆者の声を伝えたいと活動してきたおりづるチームの、集大成となるイベント。
「これからの平和を紡いでいくのは私たち自身」という意味を込めて、被爆者の生の声を大事に、最後の企画を作りました。


まず登場したのは、7名の被爆者。なんと音楽に合わせて、踊りながらの登場!

その後には、共に船内にて活動してきた「おりづるパートナー」が全員集合!


全員そろったところで、おりづるユース橋本くんが語ります。
被爆者と踊ったこの踊り、日常を当たり前に過ごす様子から、戦争に近づいているような社会を表現しています。

「私たちが日本に帰ったとき、日本はどう変わっているのでしょうか。選挙権、原発再稼働、安保法案。さまざまことがたった3ヶ月で変わりました。私たちは一体何を信じればいいのでしょうか。何が真実で、何が正解なのか、誰も教えてくれません。戦後70年という節目に、ヒバクシャの方ともにピースボートに乗りました。

おりづるプロジェクトとしては最多となる24都市で証言を行い、世界を巡って旅をし、今、私たちの故郷、日本へ帰ろうとしています。

本当に今年は、戦後70年なのでしょうか。もしかしたら、戦前何年といったほうがいいのかもしれません。それくらい、今、日本は変化しています。

激しく変わるときの中で、めまぐるしく過ぎる毎日の中で、これからの未来を紡ぐためにもう一度、70年前のことを考えてみませんか?」

会の中では、地球一周を通して感じた思いを、7名の被爆者に語って頂きます。
腹話術でおなじみのあっちゃんママこと、小谷孝子さんを、ともに活動したパペットチームメンバーから紹介。
小谷さんからは、乗船前に千葉県八千代市の中学生から預かった、思いのこもった平和のメッセージを、世界中の寄港地で配ってきたことを報告しました。


乗船前の気持ちを語って貰ったあとには、現在から70年前にタイムスリップするかのようなダンス。この舞台の為に、忙しく生きる現代人と、ゆっくり生きていた70年前を表すダンスを作成。ゆっくりしっかり生きていた70年前のくらしは<空襲警報発令!>というサイレンによって不安に襲われます。
あの頃のサイレンの様子を、堀江壮さんが大きな声で会場に響かせます。

ここからは、被爆したあの日の話を、広島被爆の廣中正樹さんが語ります。

ご自身で描いたという被爆体験の絵。ここに加えて、今回の洋上で制作した、クレイ(粘土)アニメで、廣中さんの話とともにアニメが動き出します。
廣中さんの話を初めて聞く人にも、イメージがよりつきやすくなりました。

クレイアニメを制作したのは、ユースの岩本麻奈未さんを含む8名のおりづるパートナー。時間をかけて、被爆体験の聞き取りをしながら当日の様子を再現しました。

そして、長崎被爆の森田博満さんは、被爆当時10歳。被爆による放射線の影響を伝えるため、ご自身の目で見た、友人の死について語りました。大切な友人の話を、最後にしなければ、と森田さんは語りました。


同じく長崎被爆の三田村シズ子さん。3歳で被爆した三田村さんは、被爆者の経験や思いを紙芝居で伝えます。ともに活動してきた紙芝居チームのメンバーも発表を支えます。

被爆者から、被爆当時のことを語って貰い、ユース鈴木慧南さんはこう語ります。

実際に起こったことはもっと悲惨なことだったでしょう。ですが、ここにいる7人のヒバクシャの方はこれを経験した人たちです。」

ここからは、実際に被爆者の声を伝えてきた寄港地での活動について振り返ります。

今回の最高齢被爆者、三宅信雄さんからは、世界一周の航海をしてみての思いを語って頂きました。
今回訪問した国での活動と、同時に訪問が叶わなかったエジプト・サウジアラビアについても言及。「すべての国に早く平和が訪れてほしいと願って訪問した」と語りました。
「私たちが訪れた国では、習慣も、言葉もすべて異なっていた。しかし、みんな地球という船に乗っている家族。私たちのふるさとは、地球です。」と締めくくりました。


堀江壮さんからは、被爆者から見た今の世界について語って頂きました。
訪れた寄港地の中で改めて感じた<核兵器と通常兵器の違い>。そして、核兵器による被害が今も、そして今後も続くこと。
船内でも積極的に活動した福島の未来について、これからも関わっていくと宣言されました。


そして被爆者からの最後の声。まっさんこと伊藤正雄さん。今日も広島カープのユニフォームで登場です。
伊藤さんは、今まで関わってくれたおりづるパートナーや船内参加者の皆さんに、お礼を述べるとともに「これからも洋上で知った知識を、下船後に生かしてください。平和の種まきをするのは、あなたたちです。そしてわたしは、日本中・世界中どこへでも、講師として出かけます!」と語りました。

こんなに素敵な、思いあふれる被爆者の皆さんと濃密な時間を過ごした私たち。
これからを、どう紡ぐのか。ここからは、若者の声です。

継承のカタチのひとつとして、船内で作った「ながさきの唄」を歌いました。

この唄は、長崎被爆の森田博満さん・三田村シズ子さんの被爆体験をもとに、ユース岩本さんを中心に船内で作曲したもの。唄や演奏も船内参加者によるものです。とてもあたたかな、そして使命感を感じるこの唄を聞いて。涙する人も多くいました。
『ながさきの唄』こちらからぜひお聴きください。

そして、戦争を知らない世代で行ってきた被爆体験の朗読チーム。
今回は、若者自身が被爆者の声を聞いて感じた率直な思いをまとめたものを、若者朗読チームを結成し、この日の為に練習しました。

被爆者の声を受けた私たちに何ができるのか。様々な手段で被爆者の思い、平和な世界について考えてきた私たちですが、思いはとってもシンプル。最後はユース鈴木さんのスピーチで会を閉めました。

「1945年8月6日ヒロシマ。1945年8月9日ナガサキ。たった1発の原子爆弾によって、たくさんの命が地球へと還りました。

きっと、もっ と、やりたいことがあったでしょう。もっと、生きていたかったでしょう。
みなさんはどんな未来を望みますか?子どもたちにどんな未来を紡いでいきたいですか?

私はだいすきな人たちが笑って泣いて悩んで人間らしく生きていける未来を望みます。そのための努力なら何でもできるのです。

なぜなら、私は、友人、仲間、家族、そしてピースボートで出逢った人たちがだいすきだからです。たったそれだけのことなのです。ですが、これが未来を紡ぐ元になっていると信じています。

この声が「あなた」の心に響いていることを願って。」

被爆70年の夏、あなたにできることは何ですか?
まずは小さなことから、ともに始めて続けていきましょう。
(ピースボート 中田智子)

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