こんにちは。
第99回クルーズのおりづるユース、安藤真子です。
8月8日と9日を長崎で過ごすことができました。
広島の平和公園には何百回と足を運んできましたが、長崎を訪れるのは実は今回が2度目でした。
そんな私が長崎で感じたことを綴ってみます。
どうかお付き合いください。
8日の10代限定イベントを終えたその足で原爆遺構めぐりにひとりで出かけました。
城山小学校→平和公園→爆心地公園→二の鳥居→山王神社(被爆大楠)→旧長崎医科大学門→浦上天主堂 をゆっくりと約3時間かけて歩きました。
城山小学校は爆心地から西に約500mのところにあります。校長以下の教職員31名と児童約1,400名(全校生徒の八割)が学校または家庭で爆死したとされています。資料館は当時の校舎を利用しており、長崎県内の被爆遺構の中で最大だと資料館の方が教えてくれました。
そして山王神社へ。
このクスノキがどんな惨状を見たのか。
この木の下にどれほどの人が倒れていたのか。
そんなことを考えていました。
そして、いまもここにあるクスノキ。
時間は続いていて、わたしは同じ地面を踏んでいるということにハッとさせられます。
旧長崎医科大学門に寄り、浦上天主堂に向かいます。
原爆ドームとは違う、より人間に近い恐怖を感じます。第96回で水先案内人である高瀬毅さんから浦上天主堂の話を伺っていたからか、長崎の人々の歴史とこの場所への想いに、想いを馳せました。
3時間かけてひとりで歩くことで、
ゆっくりと長崎の空気を感じることができました。そして、73年という時間を超えて同じ地面を歩いていると意識することで決して大昔のことではないと気づかされました。
そして迎えた8月9日。
今日は、わたしがオーストラリア区間を共に旅した大好きな田中さんが「平和への誓い」を読まれました。メルボルンで一緒に散歩をしたことを思い出しながら田中さんが読む「平和への誓い」を聞きました。
田中さんに出会えたことでナガサキが少し近くなったように思いました。
話したことのない被爆者の「平和への誓い」を聞くのと、大きな違いだったはずです。
また、同じ平和祈念式典にも関わらず、広島と長崎では全く雰囲気が異なることを再実感しました。そんな8月9日を長崎で過ごすことができ、本当に良かったです。
そして改めて、いかにナガサキのことをまだまだ知らないかということを2日間で痛感しました。
次は”原爆ムード”ではない長崎にゆっくり訪れてみたいです。
▼8月9日の報道一覧
8月9日 LATEST SECTIONS
Seventy-Three Years Later, Nagasaki Survivor Warns Against Nuclear Warfare
8月9日 テレビ長崎
被爆73周年 長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典 ~思いを世界へ~
https://www.ktn.co.jp/program/20180809_peace/
8月9日 tv asahi
【報ステ】「長崎原爆の日」国連事務総長が初出席
http://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000133719.html
8月9日 朝日新聞 (社説)原爆の記憶継承 若い世代の新たな挑戦
https://www.asahi.com/sp/articles/DA3S13628229.html?iref=sp_ss_date
8月9日 朝日新聞 BB弾、2個と1万4千個落とした 核の脅威伝える若者
https://www.asahi.com/sp/articles/ASL883TS2L88TIPE00Q.html?iref=sp_ss_date
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