2024年_ヒバクシャ地球一周(Voyage117)

核が開発されたニューヨークで核廃絶について考える

6月16日、パシフィックワールド号はリバティ島にある自由の女神を横に見ながら、ハドソン川を航行し米国、ニューヨークへと寄港しました。

ニューヨークには国連本部があり、国連の特別協議資格をもっているピースボートはこれまでも国連と協力し環境や紛争などさまざまな問題解決へ取り組んできました。

今回は2日間の寄港だったため各日で目的を分け、1日目は原爆開発の流れを学ぶウォーキングツアーを、2日目は国連ユースプロジェクトとの共催証言会を行いました。

今回のニューヨークでの活動は、ピースボート米国事務所のメンバーとヒバクシャ・ストーリーズのキャスリン・サリバンさんが中心となってコーディーネートしてくれました。
ヒバクシャ・ストーリーズは、被爆者の声を後世にも残すためにニューヨーク州の五つの郡を含む高校や大学で講演を行い(生徒数3万2千人以上)、国連軍縮部の協力のもとNYC高等学校の教育者のために軍縮教育を行い、国連ガイドの知識を高めるために被爆者による証言セッションを実施してきました。過去には、田中稔子さんも参加してニューヨークの高校生に自身の話をしたことがありました。今回、稔子さんはキャスリンさんと久しぶりの再会を喜んでいました。

(左から)キャスリン・サリバンさん、田中稔子さん、小川忠義さん

初日のウォーキングツアーではまず、反核やLGBTQ+などさまざまなデモがよく行われる市役所前の公園に集合しました。そこで、核実験反対運動の歴史などの話を聞いた後、公園のすぐ近くにあり実際にマンハッタン計画の会議が行われていた会議室のあるビルの外観見学をしました。

公園にて歴史を学ぶメンバーたち

その後、精製されたウランの一時保管場所となっていた倉庫(外観)を訪れました。すぐ近くには中学校やレストランなどがあり、説明されなかったら、そこに危険なものが保管されていたことなど予想もしないと思います。
また、当時の作業員は何も知らされずに、コンクリートで蓋がされたウラン入りのドラム缶を運ぶ作業をしていたそうです。
作業員は「近づくとほのかに暖かいし、コンクリートの中には何が入っているんだろう」と疑問に思いながら作業をしていた、というエピソードも教えてもらいました。

ウランが保管されていた倉庫前にて

おりづるユースのミキはニューヨーク在住ですが、「すぐそばに学校も民家もあるところなのに、原爆の材料となる危険なウランが保管されていた倉庫があるなんて知らなかった」と驚きを表していました。

ウォーキングツアーの後、小川さんと田中さんは船内で開催されるイベントのために船へと戻りました。船内では海洋問題に関する国連との共催イベントが行われており、そのイベントを締めくくるタイミングで2人からの発言の機会がありました。

田中稔子さん、小川忠義さん、メアリー・ディクソンさんが並んで証言

ピースボート共同代表の吉岡達也さんは「海洋問題を考えるイベントで核兵器に関する発言がどのように受け入れられるかと心配だったが、来訪した人はものすごく感銘を受けたと言ってくれた。そしてその反応から核兵器のことは世界の問題だということが分かった」と発言しました。

船内イベント最後に記念撮影

 

2日目の「未来の世代のために平和な明日を築く」と題されたこのプログラムは、ピースボート米国事務所がある国連本部の目の前の国連プラザ内で開かれました。国連軍縮局の#Youth4Disarmamentプロジェクトとの協力で企画され、ヒバクシャの声を、ニューヨークの次世代の反核・軍縮活動家たちと共有することが目的でした。

この証言会ではマーシャル諸島のユースや国連関係者が来訪し、被爆証言だけでなく、次世代の核兵器廃絶活動にむけてどんな活動ができるのかを話し合いました。

証言を聞いた感想を書いたポストイット

質疑応答では小川さんが「私は世界各地で証言をするたびに『原爆を落としたアメリカのことはどう思っていますか』と聞かれてきた。当時は戦時中の出来事だったと思いアメリカを憎んではいないと答えています。今回初めてアメリカで被爆証言をすることになり来場者に聞きたかったことがあります。いつも聞かれることと逆のことを聞きたいのです。『アメリカは日本のことをどう思っていますか』」と来場者へ質問を投げかけました。
みんなが顔を見合わせるなど、一瞬、会場全体が困ったような雰囲気を感じました。
そんな中、1人が手を上げて答えてくれました。
「日本に訪れたことがありますが優しい文化や美しい景色がありとても好きです。しかし日本政府は核廃絶に関しては無関心のような対応をしています。核保有国のアメリカと変わらないことをしていると思っているので、そのことに関しては尊敬できない」と答えが返ってきました。

翌日、プロジェクトメンバーでの寄港地活動振り返りのなかで小川さんは、「当日の会場ではステキな内容が返ってきた。けれど政府への意見であって”原爆を落とした日本に対して”の返答はなかった。あの場は反核活動家の人が多いからなのか、それとも被爆者の前だからなのかわからないが、答えにくい質問だったのかなと思った」と発言していました。

キャスリン・サリバンさんによるワークショップ

米国ネバダ州での核実験によって舞い上がった放射性降下物により被曝したグローバルヒバクシャのメアリー・ディクソンさんも合流し、一緒に発言しました。1945年に広島で実際に原爆を体験した田中さん、記憶はないけれど長崎の被爆者として積極的に継承活動をする小川さん、自分の国の核実験により被害を受けたアメリカ市民のメアリーさんの三者の視点から、核について考える時間となりました。

国連軍縮局へ9条プレートをプレゼント

<メディア掲載>
2024年7月6日 週刊NY生活
https://nyseikatsu.com/editions/966/966.pdf

(文:橋本舞)

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