フランスでの活動内容の前半はこちらへ。
フランスの学生たちへの証言会後も大忙し。パシフィック・ワールド号へと戻ったおりづるメンバーは、船内で企画している、ウクライナユースアンバサダーとの共同記者会見へと移動しました。
設営が完了した船内の会場には、フランスの記者や平和活動家のメンバーがすでに20人ほど到着していました。
ICANフランス代表のジャンマリ・コリンさんより、今回の記者会見の主旨や会場となっているピースボートの紹介がされたあと、田中稔子さん、小川忠義さんによる証言会が始まりました。午前に続き、午後も精魂込めて語るお二人の言葉に、会場が一体となって耳を傾けているのを感じました。20分ほどの証言ののち、今クルーズであるVoyage117から始まったウクライナユースアンバサダーへとマイクが渡ります。
彼女らからは
・ウクライナユースアンバサダープロジェクトについて
・自分たちはウクライナでどのような暮らしをしていたのか
・日本に住んでいる今は、ウクライナで起こっている戦争をどのように感じ、祖国のために活動しているのか
を話しました。
2つのプロジェクトの証言が終わった後は、質疑応答へ。今回、フランスで初めて証言をしたウクライナユースへ、多くの質問が寄せられました。
「今もなお続く戦争に対して思うことは?」と聞かれ、ウクライナのジャポリ―ジャで生まれ6歳の時に日本にきたアデリーナ・リセンコさんは「ウクライナはなぜ戦争をやめないのか?と聞かれることがあります。しかし私たちからすれば、戦わなければ私たちのウクライナが無くなってしまいます。守るために戦っているのです。戦争をやめろという言葉はロシアにも言ってほしい」と回答しました。
船内企画でも、ウクライナユースと一緒に対談企画をした田中稔子さんは、「戦争をすると、憎しみの連鎖が生まれてしまう。しかしそれは、終わらない戦争を意味します。いつかはそれを断ち切らなければいけない。終わらせるためには、周りの国がいかに関与できるかだと思います」と発言しました。
1時間ほどの記者会見を終えた後、休む間もなく再びおりづるメンバーはル・アーブルの街へと繰り出しました。ル・アーブル市の外交担当であり、副市長も務めるカロライン・レクラークさんに面会するためです。
フランスは核保有国のひとつであり、原発エネルギーの推進にも力を入れているため、核兵器保有を支持する人が多く、反対を表明する人は少ないそうです。「これまで(ICANフランスが)何度も連絡し面会を希望していたが、核兵器反対の団体に関わることによって国民からの支持率を下げかねないなどの理由で断られてきた。しかし、今回ようやく面会する機会がもらえた、これは大きな一歩だ」と、ICANフランス代表のジャンマリ・コリンさんが教えてくれました。
約束の時間、レクラーク副市長自らエントランスまで出迎えにきてくれました。凛とした風貌ながらも優しさが溢れる雰囲気の方でした。
レクラークさんの前でも20分ほどの被爆証言をおこないました。話を聞いた副市長が「私は街の政治家なので影響力は小さいですが、皆さんの核廃絶への気持ちは国の政府関係者にも伝えます」と応えてくれました。
さらに「2025年、ヒロシマ・ナガサキの被爆80年のときには、文化部職員と協力してル・アーブル市内でも原爆展を開催するなどができるかもしれない」と提案してくれました。田中さんと小川さんは、「その時はぜひ教えてください。私たちもできる協力をしたいです」と応じていました。
最後は、ICANフランス代表のジャンマリ・コリンさんから核兵器禁止条約への署名書を渡し、ピースボートからは、9条プレート、絵本「おりづるの旅」をプレゼントしました。ル・アーブル市からは街の写真集をいただきました。
帰りの車内では「レクラークさんからの質問が無かったね。やはりフランスでは核廃絶に消極的な人が多いからだろうか」「ではその人たちにどんなことを伝えれば積極的に考えてくれるようになるだろうか」とメンバーで話をし、やはり活動する土地に合わせた被爆証言や伝える内容を変えていくことは有効な手立てになるね、と次回に向けた作戦を練りながら帰船しました。
久しぶりの丸一日を通した証言活動でしたが、交流先の反応からメンバーみんなが、自分たちの想いがしっかり伝わった手ごたえを感じていました。
(文:橋本舞)