2008年_第1回ヒバクシャ地球一周(第63回ピースボート)

「ヒバク」でつながるエジプト・カイロでの音楽交流

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ヒバクシャを前に演奏するイラク人のヨーセフ君

10月11日、エジプトでは2寄港地目であるポートサイドから、ピラミッド、スフィンクス見物といった観光ツアーへ。これらエジプトが世界に誇る遺跡の数々はカイロ郊外にあるが、その合間を縫って、ヒバクシャの一部が急遽長崎・広島に縁のあるカイロ在住の人物を訪問することになった。
その人物とはアラブ世界でポピュラーな弦楽器ウードの演奏家兼作曲家で、イラク人のナシール・シャンマさん。ウード奏者の第一人者である彼は、現在カイロにあるエジプト国立オペラハウス内ウードハウス教授という肩書を持つ。ウードハウスとは、ウードを教える学校で、約20人の生徒が2年間に渡って学ぶ国立の学校。生徒はエジプト国内だけでなく、アラブ諸国や日本からも学びに来ているという。

 シャンマさんは、サダム・フセイン政権下、イラクが原爆の起爆装置を開発したことから、原爆による被爆に思いを馳せ『ヒロシマの苦痛』という曲を作った。2004年に来日し、広島・長崎で公演を行ったこともあるが、この時は被爆関係者と会うことができなかった。今回、ヒバクシャによるピースボートの「証言の航海」を知った彼から、エジプトに来るなら、ぜひヒバクシャと交流したいというオファーがあり、希望者を募って、ウードハウスで交流を持つことになった。

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シャンマさんの名前が刻まれたウードハウスの看板

午前中にピラミッド観光を終え、カイロの旧市街地にあるウードハウスを目指す。ウードハウスがあるアズハル通り界隈は古くからの町並みが残っており、ウードハウス自体も、数百年前に建てられた建造物で、エキゾチックな雰囲気が漂う。
ところがシャンマさんに急用ができたのか、約束の時間になっても現れず、連絡がつかぬまま時間ばかりが過ぎていく。あと30分くらいで発たなければならないという時に、カイロ在住38年というコーディネーターの鈴木さんが機転を利かしてくれ、お弟子さんに声を掛け、即席演奏会をやってもらえることになった。

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はにかみながら受け答えしてくれたヨーセフ君

 最初は、リビアからウードを学びに来たイルハラムさんという女性が3曲ほど演奏する。そして次は14歳のイラク人少年、ヨーセフ君。戦火を逃れ、エジプトに避難した彼は「原爆による被爆については詳しく知らないけど、シャンマ先生から聞いたことがあります。フセインの時代にイラクのクルド人が新型化学兵器でひどい目に遭いましたけど、それと同じようなものだと想像しています」と話してくれた。最後にイルハラムさんに、我々が持ってきたバナーに署名をしてもらい、ウードハウスを後にした。
 残念ながらシャンマさん自身との交流とはならなかったが、彼の次回日本訪問時が、三度目の正直となり、ヒバクシャとの交流が実現することを願う。

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自分で考案したピースマークを描いてくれたイルハラムさん

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