1.ヒバクシャ証言の航海

第9回おりづるプロジェクトー深堀譲治さん

18日に開始する第9回おりづるプロジェクトの参加者である長崎出身の深堀譲治さんの記事が、毎日新聞に掲載されました。

『ナガサキ平和リレー 遺品が伝える奪われた命』
ー(要約)長崎市橋口町の被爆者、深堀譲治さんは原爆で亡くなった家族、母と弟2人、妹1人、の遺品を大切に保管してきた。遺品を見るたびに、それぞれのことを思い出す。深堀さんは「家族を失った悔しさや悲しみは今も変わらない」と語る。深堀さんは旧長崎中3年の時、爆心地から3.3キロメートルの地点で被爆した。工場として使われていた学校の校舎で部品の修繕作業にあたっていたときだった。「原爆が炸裂した瞬間、ピンクの光をびた」。
自宅に戻ろうとしたが、火の海と化していた市街地を避け遠回りをしたためたどり着いたのは翌日だった。自宅は跡形もなく、近くには全身やけどを負い両手をあげて何かを求めているような格好をした、母の遺体があった。「あまりにも無残で感情が吹っ飛び、涙が出なかった」
直後にすぐ下の耕治さんと再会できたが、2番目の弟と5歳だった妹は亡くなったと聞いた。

深堀さんは弟の耕治さんとともに叔母の家へ身を寄せた。最初は元気そうな耕治さんであったが、次第に寝込むようになった。体には斑点ができ、下痢に苦しんだ。必死に看病したが、被爆から8日後の17日、「兄ちゃんは死ぬなよ」と深堀さんに語りかけ、亡くなった。

手元には、耕治さんが持ち歩いていた軍人勅諭集やメモ帳などが残った。その遺品を見るたびに、陸軍幼年学校を目指していた弟の姿が目に浮かぶ。母が防空壕に隠していた有田焼の皿や、妹の着物なども大切に保管してきた。
ピースボートおりづるプロジェクトに参加して伝えたいのは、遺品を残して亡くなった家族4人の生前の姿と、その命を一挙に奪った原爆の恐ろしさ。「私の体験を通じて核の被害を知ってもらえたら、少しでも平和につながるかもしれない」と期待をかける。

ピースボートインターン 渡邊まあり

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