1.ヒバクシャ証言の航海

ペルー新報、ペルーカヤオにて<日本語訳>

広島・長崎の生存者がペルー新報を訪問
ヒバクシャは各国を訪問し、核兵器のない世界を呼びかけている

<広島と長崎のヒバクシャたちは、核兵器のない世界をペルーで呼びかけた>

1945年8月に広島と長崎に投下された原爆の9人の生存者たち(被爆者)が核兵器のない世界を呼びかけ、ピースボートでペルーに着いた。

被爆者は世界で敬い、尊ばれる原爆の生存者であり、ピースボートの乗客でペルーに到着した。昨朝、彼らはリマとカヤオを訪問する前に、ペルー新報社を訪れた。

壺井進、平井昭三、深堀柱、高橋節子、山中恵美子、末永浩、西田吾郎、田崎昇、坂口博子は事務局にある新聞や定期刊行物の書庫を観覧し、1950年7月1日に出版されたペルー新報第一号を閲覧した。

彼らはぺルー新報の過去61年に渡る出版物を閲覧し、新しい形式の新聞にも目を通した。

<広島の平和記念資料館>

アルフレード・カトウ(ペルー・新報の制作委員長)は、ピースボートからの被爆者とそのほかの参加者を歓迎した。彼は、2006年に妻のテレサ・カトウと広島の平和記念資料館に訪問したと述べた。

「妻は広島の象徴である資料館を見て、気持ちが動転し私に写真を撮らせてくれませんでした。」 と彼は被爆者に報告し、「しかし、資料館は印象的で感銘を受けました。原爆の被害者が苦しんだ様子を理解することができます。」と加えました。

アルフレードは、広島と長崎の被爆者が核兵器のない世界のために、ピースボートで世界を航海するということの意義を認めた。また、米国連邦議会議員が米軍を日本から撤退させるべきだと提言する理由を、「日本人が自国の安全保障に対して責任を持つべきだと思うから」と述べたことにも触れた。

Villa El Salvador(ビジャ・エルサルバドル)>

昨日の午後、被爆者はペルー日本文化センターで昼食をとり、Villa El Salvador(ビジャ・エルサルバドル)を訪問し、夜には航海を続けるために船に戻った。

ピースボートでの航海は合計86日間。2011年1月23日に始まり、4月18日に日本に帰る。NGOピースボートは2008年から「ヒバクシャ世界一周 証言の航海」プロジェクトを実行し、これまでに123人以上の被爆者が参加し、核兵器のない世界を目指し世界に呼びかけた。

<被爆者の証言>
[被爆者のプロフィールなので、ここでは省略します。]

写真の見出し:

ページ1:ペルー新報について学ぶ広島・長崎の被爆者(壺井進、平井昭三、深堀柱、高橋節子、山中恵美子、末永浩、西田吾郎、田崎昇、坂口博子)

ページ2:
・1950年7月1日に出版されたペルー新報の第一版をじっくり読む被爆者
・ペルー新報のディレクターとピースボート参加者たち
・ペルー新報の新聞・雑誌の書庫にて:リカルド・イサム・ゴヤによる新聞制作過程の説明

ページ3:
・アルフレード・カトウが広島・長崎の被爆者に訪問への感謝を示し、ペルー新報の理念を説明
・深堀柱(15歳の時に被爆)と新聞の構成過程を説明するアルベルト・コハツ事務局長。

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