1.ヒバクシャ証言の航海

4月14日~18日 アウシュヴィッツ特別プログラム報告①【現地訪問編】

4月14日~18日、アウシュヴィッツ特別プログラムのために、船を一時離れポーランドのオシフィエンチムを訪れました。

今回のプログラムは、ピースボートの一般参加者の皆さんとの合同ツアー。計22名のグループの中、おりづるプロジェクトからは被爆者・ユースあわせて6名が参加しました。

トルコのクシャダス港から出発した私たち一行は、トルコ・イズミール空港→イスタンブール空港→ポーランド・ワルシャワ空港へと飛行機を乗り継ぎ、ワルシャワからオシフィエンチムまでは6時間のバス移動、と丸一日かけて目的地へと向かいました。


ワルシャワからオシフィエンチムに向かう途中に立ち寄ったホテル
のどかな風景が広がっていました

ツアーの宿泊先であり、カウンターパートナーとしてプログラムをコーディネートしてくれたのは「対話と祈りのセンター/Center for Dialogue and Prayer」。ここは、アウシュヴィッツ強制収容所で起こったことを継承し、祈りを共有し、若いと平和な世界を目指す場所として活動を続けているセンターです。

一日目は、午前中はアウシュヴィッツ・ミュージアムを見学し、午後はホロコースト生還者の証言を聞き意見交換を行いました。


アウシュヴィッツ・ミュージアムの入り口

アウシュヴィッツ・ミュージアムは、1947年に強制収容所の跡地を国立ミュージアムとして永久保存しながら、戦争犯罪の物的証拠を収集・管理、そして学術研究する機関として設立されました。当初は元収容者(=生還者)が職員となり歴史伝達を行っていましたが、創立67年を迎える現在、300名以上いるガイドの中で生還者は一人もいないそうです。


当時使われていた建物がそのまま残っています

ガイドしてくださったのは、唯一の日本人ガイド・中谷剛さん。中谷さんは、昨夏、水先案内人としてピースボートにも乗船してくださっています。


右が中谷剛(なかたに・たけし)さん

「日本はアジアの国々に対して戦時中に何を行ってきたのか。それに対して、どのような対応をとってきたのか。あらためて考えてみる必要があるのではないでしょうか」
「もしあなたが当時生きていたら、どのような行動をとりますか?」
「ここで起きた事というのは、何気ない日常の中、例えば一人一人の心の中に同じような構造が存在しているのです」

中谷さんは、アウシュヴィッツで起きたことを説明するだけでなく、戦時中の日本の歴史や、現在世界中で起こっている問題と関連させて解説したり、いじめや差別など人間の心の弱さに視点を広げたり、私たち一人一人に考えるきっかけをたくさん投げかけてくれます。


服部道子さん。一つ一つの展示ケースを丁寧に見学し終わった後、
離れるときに必ず手を合わせて深々と頭を下げる姿が印象的でした


坂下紀子さん。ガイドの中谷さんの横をピタッと離れず
真剣な眼差しで説明を聞いていらっしゃいました


福岡奈織さん。誰とも何も話さず、自分のペースで説明を聞き、
立ち止まって考え、また歩き出す姿が印象的でした

午後は、ホロコースト生還者の方から当時の話を聞かせていただきました。かつて強制的に住まわされたゲットーでの生活やその仕組み、強制収容所内での過酷な労働、そこから脱出したときの様子、その後の人生など。


ホロコースト生還者・クラノフスキーさん

やはり当事者の言葉は重く、聞いていて何度も胸が苦しくなりました。証言の後の質疑応答の際には、参加者からの質問に対して時間いっぱい丁寧に答えてくださいました。


証言会後に互いの思いを共有するクラノフスキーさんと服部さん

中でも「若い人に何が伝えたいですか?」という質問に対して「いつ同じ事が起こるか分からない、と警鐘を鳴らしたい。今の世界はとても危ないと感じている」と熱を込めて答えてくださった姿が印象に残っています。

証言会が終わった後に、ツアー参加者全員で円になって「いまの自分の思い」を共有しました。同じモノを見て、同じ話を聞いても、それぞれが感じたもの思い描いたものは個々で異なることを実感。また、自分の考えを反芻・整理するという意味でも貴重な時間となりました。


振り返りの会

2日目は、午前中はビルケナウ第二強制収容所を見学し、午後は地元の高校生らと交流を行いました。

このビルケナウ強制収容所では、戦争末期になればなるほど、収容者の生活状況が悪化していたということが分かります。


ビルケナウ強制収容所「死の門」

この日もガイドは中谷さん。囚人の人たちがどのような生活をしていたのか、どのように「効率よく」殺されていったのか、また、ドイツの戦後補償の経緯やそれに対する世界の反応など、丁寧に言葉を選びながらお話してくださいました。

午後の交流では、互いにそれぞれの活動紹介&代表者よりスピーチを行いました。ピースボート側からは、参加者3名より「なぜ船に乗ったのか」「旅をして感じたこと」などのスピーチを、若年被爆者の坂下さん・ユースの福岡さんから「なぜ、いま被爆証言を語り継ぐ必要があるのか」についてスピーチをしました。


スピーチする福岡奈織さん

オシフィエンチムの学生からは、「世界中の人たちは私たちの街を『アウシュヴィッツ』として見ることが多いけれど、それが全てではない。もちろん歴史を学び過去の事実と向き合うことは重要だけれど、私たちは私たちの街で生まれ育ちこれからも生きていく。生まれ故郷としてのこの『オシフィエチム』の街を、もっとみんなに理解して欲しい」というメッセージを伝えてもらいました。


故郷としての「オシフィエンチム」について話してくれました

2日間通して、それぞれが感じたこと、考えたことについては「4月14日~18日 アウシュヴィッツ特別プログラム報告②【船内報告編】」につづっています。ぜひご覧ください。

(ピースボート 古賀早織)

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