1.ヒバクシャ証言の航海

ニューヨークでの証言会の様子:ピースボートUSのブログより

4月末から5月7日にかけて、ニューヨークで核拡散防止条約(NPT)再検討会議の第3回準備委員会に合わせて様々な市民団体の活動が行われました。
その中のひとつ、ヒバクシャ・ストーリーズに「第7回証言の航海」に参加されている計屋道夫さん、杉野信子さんも参加し、現地で精力的に証言活動を行いました。
*前回の報告はこちら
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10日間にわたって行われたヒバクシャ・ストーリーズの様子が一部、ピースボートUSのブログにも紹介されていますので、こちらでもご紹介します。

Hibakusha Testimony & The Humanitarian Effects of Nuclear Weapons

http://peaceboatusoffice.wordpress.com/2014/05/06/hibakusha-testimony-the-humanitarian-effects-of-nuclear-weapons/

<日本語訳>
被爆者証言と核兵器の人道的な影響

4月、ピースボートUSはヒバクシャ・ストーリーズと協力し、被爆者のグループをここニューヨークに迎えました。ニューヨーク州全5区の小学校で学生に話す機会をもち、国連本部で行われたNPT(核拡散防止条約)会議の準備委員会では、戦争、特に核戦争がいかに世代を超えて人間に被害を与え、人生を変えうる影響を及ぼすかを証言しました。

4月28日(月)、私はカルホーン学校に笹森恵子(しげこ)さんの証言を聞きに行きました。

原子爆弾が広島に落とされた時、笹森さんはまだ13歳でした。戦闘機の音がして空を見上げるとB-29幾が飛んでいました。数秒後、彼女は爆風で飛ばされ意識を失いました。意識は戻ったものの、彼女であることがわからないほどにひどく顔にやけどをおっていました。恵子さんは何度も何度も自分の名前と住所を繰り返し、やっと父親が彼女であることをわかってくれるほどでした。1995年、彼女は「原爆乙女」(Hiroshima Maidens)の一人として、アメリカに行きました。アメリカでは、何度も整形手術を経て、義父ノーマン・カズンズと出会いました。彼女の伝記はスティーブン・オカザキの受賞作、「ヒロシマナガサキ(原題:White Light, Black Rain)」にも出演しています。

笹森さんはヒバクシャ・ストーリーズの代表、キャスリン・サリバンさんと広島の被爆3世の瀬戸麻由さんとステージにあがりました。
カルホーン中学の生徒たちは、今回のプログラム以前から核兵器とその影響に関して勉強をしていて、独特な視点を持っていました。キャスリンさんは生徒たちに核兵器に関する質問を投げかけることから始めました。どの国が核兵器を持っているのか、今世界にある核兵器は何回地球を完全破壊できるのか(8回ほど)など。笹森さんの証言を受けて、生徒たちはたくさんの質問をしました。また、自分たちと同じ年で地獄のような原爆の経験をした方から話を聞けたことに感謝していると言いました。
その後、瀬戸さんは自分の家族が被爆者であるがゆえに受けた差別について話しました。放射能を浴びたと知られると差別されたそうです。瀬戸さんは昨年ピースボートの「ヒバクシャ地球一周 証言の航海」に被爆者とともに参加しました。
最後に、学校に日本の世界平和のシンボルであるおりづるをプレゼントしてプログラムを終えました。
被爆者は7日までニューヨークの学校を訪問しました。

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