7.おりづるプロジェクト・オンライン

日米の学生に向けて「放射能が原因で苦しむのは私たちで充分」

2021年3月13日のピースボート「おりづるプロジェクト・オンライン」第16回目の証言会は3つの大学(創価大学、福岡教育大学、アメリカのウィスコンシン大学)の学生さんによる共同開催でした。共催大学以外からもたくさんの参加者が集まり、総勢90名。多くの参加者に声をかけて、主催してくれたのはウィスコンシン大学への留学経験がある森山星子さん。司会の福岡教育大学の山室美月さんとウィスコンシン大学のBevan Breauxさんのお陰ですべてのプログラムは二言語で行われました。ボランティア通訳としてピースボートに乗船し、おりづるプロジェクトを応援してくれている西井睦実さんが、証言部分の通訳を担当して堀江さんの過去から現在までの活動を英語で伝えてくれました。

証言会2日前の3月11日は、福島の原発事故から10年目

その事故処理に日本の国家予算1年分相当の金額が必要と言われています。日本の国民の80%が脱原発を望んでいるとの調査もあり、一度は全ての原発が停止した時期もあったのですが、現在は9基が再稼働しています。さらに2021年3月14日付の朝日新聞ではイギリスがこれまでの軍縮計画の見直しをし、現在180発まで減少した所有核弾頭の数を、今後は増加の可能性があることを報じていました。こういう情勢を見ても被爆者の生の声を伝えることの重要性をさらに感じました。

 

なぜ戦争や紛争を止めなければいけないのかを一緒に考えたい

堀江壮さんは、ご自身の被爆体験、記憶、お父様を亡くされたこと、友人たちの病気。その後のご自身の発病、被爆と発がん性の関連性について語られました。体の中に時限爆弾を抱えるような病いを抱えながらも、現在も広島を訪れる人々に被爆証言をしたり、原発による被ばく被害を食い止めるため、広島の対岸にある愛媛県の伊方原発を止める訴訟の原告団長をしています。

堀江さんは、5歳の時、爆心地から3kmで被爆しましたが、姉の機転で大きな負傷はしませんでした。海軍の将校だった父親は爆心地近くで被爆し、その姿は数日後小さな箱に収まって戻ってきました。幼少の堀江さんにはよく理解ができなかったのですが、お母様が泣き崩れたのは記憶に明確に覚えているとのこと。55歳のときの甲状腺異常が見つかり、さらに70歳で悪性リンパ腫と診断されました 。その時医師はあと2週間の命だと妻に宣告していました。半年間入退院を繰り返し、現在は通常の生活をしてはいますが、定期診察は欠かせません。

現在日本には約145,000人の被爆者がいて、未だに1945年の原爆の影響で苦しんでいる人が多くいます。体内被爆した約7000人の被爆者もいます。広島と長崎以外にも、これまで2050回あった核実験、原発、劣化ウラン弾、ウラン採掘で被爆/被曝したヒバクシャが世界には多くいます。

「現在1万3千以上の核兵器が存在します。核がある限り、事故は起こり、被害は生じます。これまでも間一髪で大事故の危機が回避されたのことは多くありますが、その危険性は歴然です。近年の戦争で劣化ウラン弾が使用されています。「ペルシャ湾戦争」、「イラク戦争」、「シリア」、「アフガニスタン」、「コソボ」等が頭に浮かびます。核兵器からの放射線はがんや先天性疾患などが、内部被ばくの影響が一般の人にも出てきます。」

堀江さんは声を大にして、「世界から戦争や紛争はなくなりません。戦争は続いています。経済、産業システムを変え、新しい商品や新ビジネスを作らない限り戦争を止めたり、なくすことはできないのだと思います」と語ります。その一例としては、アメリカには国の経済を支えるとも言える軍産複合体が存在し、仮想敵国を作り上げ、年間約6500億ドルという膨大な国防費を充当しています。そして「平和国」と自称している日本ですら、武器輸出こそしませんが、日本製の電子部品が武器製造に使われている事実を指摘しました。

私たちのレベルで出来ることは、軍事産業に就職したいという友人がいたら、人間への潜在的な危険性を教え、平和につながる仕事や産業を作ってくれるよう、と切に唱えていました。

堀江さんのお話から強く感じるのは、負のサイクルを止め、原発、核兵器を自分の問題として捉える必要性は私たち全員の責任であり、未来の人類への責任だと言うことでした。さらに、今回学んだことをこの場だけに止めず、友人、家族に伝えて欲しい、とのこと。
最後は、「放射能が原因で苦しむのは私たちで充分だ」と英語でアメリカの参加者にも直接語り掛けていたのが印象的でした。

 

被爆証言を始めたきっかけは?

最初の質問「被爆証言をしようと思ったきかっけとは」については「2000年に自分が昔通っていた小学校のロッカーの中から、自分たちが当時書いた作文が見つかり、それが平和教育に使われてから。最初はまだ被爆時の記憶がはっきりしている人たちが多くおいでになり、出番は少なかったが、その人たちの数が少なくなるにつれ、出番も増えて来て、コロナ禍の前は、年間40回ほど証言をしてきた」と。二つ目の質問は「ヒバクシャを二度と生み出さないために国内外の学生、子どもたちに伝えたいことは?」には、「核兵器だけでなく原発も放射能障害の危険性があり、これは人類と共存できない、ということを学んで欲しい」と強く訴えました。

核兵器が存在する今の世界は本当に平和なのだろうか?

この流れをうまく取り込んだのこが、その次に続いた創価大学・国連研究会の渡辺理恵さんと今関若菜さんがリードするディスカッションでした。「核兵器が存在する今の世界は本当に平和なのだろうか?」という問いから、世界に視野を向けた「核抑止論」について話を向けました。「核兵器保持が平和をもたらす」という概念が「既成事実」となってしまった点について内省する機会ともなりました。その後参加者はグループに分かれ、「なぜ人間は核兵器を保持し続けるのか」と話し合いました。参加者は自己紹介の後、日本語・英語で話し合いをしました。提示された問題の大きさにたじろぎながらも自分の考えをまとめる努力をしました。全体セッションに戻り、「核というそもそもの複雑さが、一般の人達が問題の取り組みへの諦めをもたらし、平和不在という考えに思想支配されているのだ、と展開していきました。諦めてしまうがゆえに力ある人・組織・国が核の有無を決定してしまっている現状を理解してきます。さらにユネスコ憲章を引用し「戦争は人の心の中でうまれるものであるから、人の心の中に平和の砦を築かなくてはならない」で、私たちはさらに自分たち一人一人の考え方を明確にして行く必要性を感じ始めました。
最後の小グループでの設問は「平和の砦を築くには?他者の心に砦を築くには?」を話し合いました。私の参加したグループでも、「理解」「コミュニケーション」「相手の意見とぶつかることがあっても理解し合える」とのコメントが出ていました。

そして、ヒートアップした頭を落ち着かせるのにちょうど良かったのが、おりづるワークショップでした。

最後に堀江さんが「皆様の生活が平穏でありますように、心から祈っております」と結び、その為には、私たち一人一人の、信念と行動が大切だと、痛切に感じました。

主催の森山星子さん

会の休憩時間に寄せられたメッセージ

参加者からの感想はこちらからも見られます:
https://padlet.com/seikom0830/nuclearfreeworld

文:金澤むつみ
編集:渡辺里香

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