7.おりづるプロジェクト・オンライン

「戦争をするのも、平和を築くのも、人間」~三田村シズ子さん、フランスの参加者に

今日は8月9日。長崎に原爆が落とされてから、ちょうど76年。
亡くなった方のいのちや平和について想いを馳せたこの日、ICAN フランスと平和首長会議・フランス支部(Mayors for Peace French Chapter)の主催のもと、37回目のオンライン証言会が行われました。
10人の参加者が、長崎の被爆者、三田村シズ子さんのお話に耳を傾けました。

はじめに、ICAN フランスのジャン-マリー・コリン(Jean-Marie Collin)さんより、フランスの核兵器廃絶に向けた取り組みについてのお話。

ジャン-マリー・コリンさん

その後、広島市の「へいわ大使」と長崎市の「平和特派員」をされている美帆・シボさんより挨拶がありました。美帆さんは40年も前から、被爆された多くのご友人とともにフランス語圏に原爆の実相を伝えています。静岡県焼津市で生まれた美帆さんは、冒頭で1954年3月1日にアメリカがビキニ環礁で行った水爆実験のことにふれました。
広島原爆の千倍もの威力を持つ水爆により、被爆した焼津の漁船・第五福竜丸の船員たちは激しい吐き気に襲われ、生き残った船員も一生病に苦しむことになったのです。

美帆・シボさん

「今まで世界で2,000回以上の核実験が行われ、何百万もの人が被爆しました。彼らの治療と補償、そして核実験による環境破壊についての調査の必要性を、世界全体の問題として取り組む必要があります。」
そう訴える美帆さんのことばに、被爆の犠牲者は日本だけでなく世界中に存在していること、だからこそ国を越えて訴えかけていかなければならないと、改めて感じました。

原爆と共に生きて ー原爆の悪魔と戦ったー

紙芝居を見せながらお話する三田村シズ子さん

今回初めてオンライン証言会に参加した三田村シズ子さんは、絵や写真を使った紙芝居を手に、ご自身のお話を聞かせてくださいました。

シズ子さんは当時3歳8ヶ月。
長崎爆心地から4キロの辺りに、家族8人で暮らしていました。
原爆投下から数日後、シズ子さんにも原爆症と思われる症状が出始めましたが、幸い2、3カ月で回復したそうです。
「しかし、目に見えない放射線の悪魔が私たちの体をむしばみ、長年にわたり苦しむことになろうとは、その時夢にも思いませんでした・・・」

ふたりの子どもにも恵まれ、成長した子どもたちとの一番幸せで充実した時を過ごしていた頃、大腸がんを診断されたのです。
手術は成功し九死に一生を得ましたが、結婚して遠くに住む娘さんの臓器にも腫瘍が見つかりました。
抗がん剤の副作用で意識障害になったと連絡があり、シズ子さん自身も手術の直後でありましたが、しばらく会えていなかった娘さんの元へ急いで向かいました。
そこには、抗がん剤の副作用で髪の毛が抜け落ち、変わり果てた娘さんの姿が ー。

なんでもっと早く会いに来なかったのだろうと、シズ子さんは自分を責めました。
「戦争さえ、原爆さえなかったら、娘も苦しまずにすんだのに・・・。」

命の続く限り、戦争の愚かさや残酷さ、平和の尊さ、核兵器や原発から排出される放射線の恐ろしさを、特に若い世代に語り続けていきます、とシズ子さんは39歳の短い生涯を閉じてしまった娘さんにそう約束したのでした。

戦争をするのも、平和を築くのも、人間なのです。

シズ子さんのお話のあとには、たくさんの感想や質問が寄せられ、深いディスカッションの時間になりました。

Q: 紙芝居の絵から伝わることも多く、とても感動した。次の世代にとって大切な話だと思う。日本政府は被爆者の声を繋げていくために、どのような行動をしていますか?

A: 今日は総理大臣とお会いし、被爆者の希望を伝えました。しかし、(アメリカの)核の傘に入っている日本は、原爆を落とされた国だからこそ率先して動かないといけないという感覚がにぶいと感じます。核兵器禁止条約を広げ、絶対に原爆を落としたらいけない、平和を作らないといけません。(と、力強く答えました。)

Q: シズ子さんやご家族をはじめとする被爆者にとって、アメリカのことをどのように感じていますか?
A:  日本に原爆を落としたアメリカを否定していたけど、ピースボートで世界を回って、日本も加害の責任があると思いました。ハワイに行ったときには、太平洋戦争の当時たくさんの犠牲者がいたことを改めて学び、日本も悪かったと感じました。そして、世界が平和になるようにとホノルル市長さんとも話が出来ました。

これまで色々な国と証言会をする中で、「アメリカのことをどう思っていますか?」という質問は多くありました。そして、その問いに対する被爆者の方の答えはみんな同じです。
私たちはアメリカのことを憎いと思ってはいない。なぜなら憎しみから平和は生まれないとわかっているから。私たちの願いは、自分たちが体験した同じ苦しみを、世界中の誰にもさせたくない、そのために核兵器をなくし平和を築くこと、なのです。

ビデオを見ながら折り鶴を折るワークショップ

最後にみんなで作った折り鶴と一緒に

証言会を終えて

今回シズ子さんも証言の中でも、 「私たちが受けた苦しみだけは、どこの国の人にも絶対に味わわせたくない。」とおっしゃっていました。
どこの国が悪いということではなく、同じ人間として手を繋ぎ、国を越えて平和を希求すること。そのことをシズ子さんはじめ、これまでたくさんの被爆者の方に教えてもらいました。

「戦争を始めるのは人間ですが、人間は平和を築き上げることも出来るのです。永遠の平和と世界中の戦争と核兵器がなくなるまで、あきらめません。」穏やかな表情ながらも、想像しきれない苦しみを体験してこられたシズ子さんの言葉には、強い想いが込められていました。

8月9日、この特別な日にフランスのみなさんと長崎の被爆者・三田村シズ子さんの体験を聞き、平和への想いを共有出来たことはとても意味のあることでした。

オンライン証言会のこれまでの開催国は、今回で34カ国。これからも世界中の仲間と手を取り合い、発信し続けていきたいと思います。

今回の証言会は、以下のフランスと日本をつなぐ方々の存在のお陰で実現できました。ピースボートとICANが広島県と主催している「広島ーICANアカデミー」卒業生のロレーナ・シュリットさん、ピースボートのフランス寄港時にプログラムを作ってきたロア・ノレストさん、オンライン証言会の運営ボランティアであり今回のおりづるワークショップをリードしてくれたソレン・ペティコルさん、フランス出身のピースボートスタッフで今回通訳をしてくれた、レミー・ミオさん。Merci beaucoup!

(左上から、時計回りに)レミー・ミオさん、ソレン・ペティコルさん、ロレーナ・シュリットさん、ロア・ノレストさん

<メディア掲載>

今回の証言会のことが、8月12日ジャパン・タイムスに掲載されました。

文:高尾桃子
編集:渡辺里香

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