7.おりづるプロジェクト・オンライン

核兵器・核エネルギーの脅威 ~フィンランド証言会~

10月31日に47回目の証言会がICAN フィンランドの カティ・ジュバ(Kati Juva)さん主催のもと行われ、当日は8人が参加しました。今回証言して下さったのは、1940年生まれ、当時5歳の時に被爆を体験した堀江壮さんです。

まず初めに、主催者のカティさんからフィンランドにおける核兵器をめぐる状況が説明されました。

カティ・ジュバさん

ピースボートからは、デンマーク出身のスタッフ、ルイス・ソレンセンがピースボートおりづるプロジェクトと、オンラインでの証言会の活動の経緯を話しました。

フィンランドに近い、デンマーク出身のスタッフからおりづるプロジェクトを説明

5歳の時の出来事

「なぜ私たちは戦争や紛争を止めなければならないのでしょうか。一緒に考えましょう」という問いかけから証言会は始まりました。

証言の部分はすべて英語でお話してくださった、堀江壮さん

当時5歳だった壮さんは、15歳になるお姉様とお使いをしている途中、爆心地から3kmのところで被爆しました。突然の大きな爆発音とともに爆風で飛ばされそうになりますが、お姉様が壮さんのことをかばい、地面に伏せたことで大事には至りませんでした。

家に帰ると、爆風により家は窓や障子が吹き飛ばされ、全身火傷をした人たちがたくさん避難してきました。その時、壮さんの記憶に強く残っている2人がいます。「一人は中学生です。顔一面がやけどでむけ、その皮が鼻の穴につまり、苦しげに口で息をしていました。鼻の穴につまった皮を母がピンセットで取り除いていました。痛そうでした。帽子をかぶっていたのでしょう。帽子のあった場所だけ頭の毛が残っていました。もう一人は全身ずるむけの女学生です。彼女の服の模様が腕に焼き付いていました」と壮さんは語りました。

壮さんの「自分が5歳の時のことを覚えていますか」という問いかけがとても印象に残っています。私自身が5歳の時何をしていたのか振り返ると、両親と一緒に過ごし、温かいご飯を食べていたことを思い出します。壮さんの問いかけで、今自分ができている生活は当たり前ではないということを痛感しました。

父の死と被爆後の病

海軍の将校だったお父様は、爆心地近くで被爆し6日後に亡くなりました。数日後、白い箱を持った2人の兵隊がやってきました。「それが変わり果てた父の姿であったことは、当時の私には理解できませんでした。2人の兵隊が敬礼をして、家を出て行ったのち、母が泣き崩れたのを覚えています。その時の私は、父に何があったのか理解できませんでした」

やがて、お母様が60歳の時に乳がんが見つかりました。
壮さん自身も55歳の時に悪性リンパ腫が見つかりました。入院していた当時は余命2週間と医師から奥様に告げられたそうです。もちろん、放射能の影響がなくてもがんになる可能性はありますが、被爆者の方ががんになる確率は高いです。今も(2021年3月現在)日本には約13万人の被爆者が、当時の原爆の影響で苦しんでいます。一番若い被爆者は、お母さんの子宮の中で被爆しました。

戦争が終わった今でもたくさんの方が被爆の影響で苦しんでいるということを私たちは忘れてはいけません。

核兵器と核エネルギーの影響

核実験、原発、劣化ウラン弾、ウラン採掘などで被ばくした人は世界中にいます。そして、アメリカを含む各国が武器を製造し輸出しています。武器そのものではありませんが、日本製の電子部品は多くの国で武器に使われています。
壮さんは「友達や家族で軍事産業に就職したいという人がいたら、教えてあげてください。武器産業は平和な世界を決して作りません。自国や世界に平和をもたらす産業に関わってください。そして平和につながる仕事や産業を作ってください」とおっしゃっていました。

日本は2011年の東日本大震災による地震と津波の影響で原発事故という問題に直面しました。福島は今でも大きな影響を受けており、3万9千人の人が未だ故郷に帰れない状態です(2021年11月現在)。福島の原発事故の処理をするには、日本の一年間の総予算分が必要と試算されています。福島の原発事故前に54基稼働していた原発のうち、11基の廃炉が決まりましたが、2021年9基が再稼働しています。日本はまだ原発に依存している現状です。

最後に、「放射能に苦しめられる体験をするのは私たちで十分です。なぜ私たちは戦争や紛争を止めなければならないのでしょうか」と最初の問いかけをもう一度なされ、証言会は終わりました。

証言会を通して

「戦争は悲惨だった」という言葉で片付けてはいけない現実が今の世界にはあると思います。私たちは原爆の問題について、過去の歴史としてどこか他人事のように見ているのかもしれません。しかし、私たちの身近にも原発という問題があり、現在の生活にも大きく関わっているということを理解していくべきです。
多くの人がこの問題を他人事ではなく、自分事として考えること、そして原爆の悲惨さを風化させることなく伝えていくことが今の私たちがしていくべきことだと改めて感じました。

大学生にも被爆者の話を直接聞いて欲しい、と話した参加者。

証言会後、フィンランドの国立防衛大学の教員の方から「西ヨーロッパでは冷戦後、核兵器が遠い存在になったため核兵器禁止条約に批准をしなくても良いのではないかという考えもあります。ですが、核エネルギーは私たちの日常に近いので、学生を含めた多くの人に聞いてほしいと思います。そういったイベントは可能でしょうか」という意見がありました。壮さんは「機会を設けてもらえれば話すことができます」とおっしゃっていました。この証言会を通じて、新しい繋がりが生まれ、また核について関心を持つ方が増えるきっかけになったと思います。

この報告書を執筆した石倉美宝(中列一番左)も。

文:石倉美宝
編集:渡辺里香

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