7.おりづるプロジェクト・オンライン

非核地帯となった中央アジア

2021年4月14日、ピースボートの第21回オンライン証言会が開催されました。今セッションは、Foundation for Tolerance International(日本語仮訳「寛容のための国際財団」)のベギマイ・ベクボロトワ(Begimai Bekbolotova)さんによる、中央アジアにおける核の状況説明から始まりました。

中央アジアの状況を説明するベギマイ・ベクボロトワさん

彼女によると、中央アジアは2016年から非核地帯となっており、協定により当事国は核兵器や核爆発装置の製造、取得、領土内での配備を禁止していますが、注目すべきは、この条約が原子力の平和利用を禁止していないことであるそうです。したがって、ロシアと中国は、中央アジア全域に核兵器を移送することができるのです。また、ベクボロトワさんは、近年、カザフスタンの科学者が高濃縮ウランを微粉末にし、その粉末に低濃縮ウランの粉末を十分に混ぜ、爆弾製造に使えないようにしたことにも触れました。ソ連の遺産を終わらせるのに、カザフスタンは17年という長い時間と1億5千万ドル以上という多額の資金を必要としたことも話してくれました。

 

続いて、被爆者の証言に移り、和田征子さんがお母様のお話をされました。和田さんによると、お母様は、原爆で建物のガラスが割れ、山肌が焼け、爆心地から裸同然の人が並んでいるのを見たそうです。1945年8月15日、お母様は看護師として長崎の医療センターに行きましたが、医薬品の供給が極端に少なく、何もできなかったので、清掃班に入れられました。大学の講堂の床一面に敷き詰められた被災者の火傷や傷には、親指ほどの大きさのウジ虫が無数に群がっていました。彼女の仕事は、体についたウジ虫をほうきで払い落とすことでした。この惨状を目の当たりにした彼女は、当時24歳でした。和田さんは、お母様の体験を話した後、「本当に起こったことを私が完全に説明することはできないと思うので、母の体験を人に話すのはいつもためらわれるんです」と静かに語りました。しかし、被爆者の平均年齢が84歳となり、被爆者の体験談が風化していくことに危機感を覚えたと言います。そのため、自分のような若い被爆者が活動を継続し、亡くなった人たちのために声を上げていかなければならないと決意したそうです。

英語で証言してくださった和田征子さん

 

さらに、和田さんは、広島・長崎が受けた差別や被害についても言及しました。日米両政府が放射能に関する情報開示を禁じたため、被爆者はなぜ病気になったのか分かりませんでした。さらに、中国や韓国出身の被爆者に対する人種差別を政府は認めませんでした。1945年末までに広島で約14万人、長崎で約7万人が原爆で死亡し、そのほとんどが高齢者、女性、子どもを含む市民であったこと、また和田さんは復讐ではなく核兵器の廃絶を望んでいることも伝えられて証言は終わりました。

 

証言後の質問タイムでは、差別や補償、日本政府が認めた福島原発の汚染水の海への流出について質問が出ました。和田さんは、「自分は差別を受けたことはないが、被爆者に対する差別はたくさんある」ので、和田さんは他の被爆者とともに補償を求めて闘っていると話しました。原発の汚染水については、その安全性に疑問を呈し、日本政府は周辺の漁業関係者や一般市民への説明責任を果たしていないと述べました。また、原発事故で10年以上苦しんでいる福島の人々や、2年後に放出される海水で再び苦しむかもしれない人々への同情も示しました。 最後に和田さんは、核兵器廃絶のためには多くの人の協力が重要であると述べ、中央アジアの参加者も連帯の気持ちを確認して終わりました。

ロシア語と日本語間の通訳、サルビノス・キルコワ(Sarvinoz Kilichova)さん

文:マクナーニ潤

編集:渡辺里香

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