7.おりづるプロジェクト・オンライン

「母は認知症になって、やっとあの「原爆の日」から解放されたのです」@スペインの国際シンポジウム

第24回のオンライン証言会は、スペインの人道研究世界センターが企画した「人権に関するオンライン国際シンポジウム」の一環で行われました。NGO「戦争と暴力のない世界(World Without War and Violence)」が担当したセッション「ヒバクシャの声」に21人の参加者が集まり、証言者・坂下紀子さんによる証言ムービーと共に原爆の恐ろしさと非核の重要性について考えました。

2歳の時に広島で被爆された坂下さん。コロナ禍の理不尽な戸惑いを被爆の経験に重ね、見えない敵と戦うということがどういうことなのか、そして核兵器廃絶ということがどれほど大切なことなのかをお話しくださいました。

(*坂下さんは、おばあ様、お母様を中心とした周りの大人から原爆当時のこと、その後の生活のことを聞いて育ちました。直接経験した者と交わした長い年月にわたる対話、後遺症に苦しみながら生きる姿を間近に見てきたことで、当時を知る家族の思い出をいつしか自分自身の記憶のようにさえ感じるようになりました。「語られたことが自分の一部になった」ともおっしゃっています。それゆえに、2歳の幼少期被爆ではあるものの、被爆証言を一人称で語っていらっしゃいます。この報告書ではそのまま一人称で記録しました。)

8月6日のヒロシマと黒い雨

「裏の河原に行く途中、大勢の死体がゴロゴロと横たわっていて、その死体を踏み越え逃げました。爆風が当たっただけで、目の玉が飛び出したり、皮膚がちぎれたりしたんです。
皮膚やおなかが引き裂かれ、内臓が出ないよう押さえて歩く人、目の玉が落ちないように押さえて歩く人。一番多かったのは、皮膚がとけて落ちて垂れ下がっている人たちでした。引きちぎられた腕や、飛ばされた足が電信柱やがれきの山に、飛び散っていたのです。人間らしい恰好しているひとは一人もいませんでした。」

坂下さんの当時の描写は、言葉では表しきれないほどに恐ろしく、痛ましく、心がとてつもなく痛めつけられるようでした。しかしこれが実際に原爆の持つ恐ろしい威力ならば、恐ろしいからこそ立ち向かい、私たちは今働きかけていかなければならないのだと、心に強く感じました。

投下後に降り始めた真っ黒の雨は、放射能をいっぱい含んだ「死の雨」と呼ばれる雨でした。「母は、黒い雨に打たれ真っ黒になった子どもたちを拭いてあげようと、わずかに残ったボロキレで自分の唾をつけ、泣きながら一生懸命拭いてくれたんですね。」
のちに甲状腺を患った坂下さんのお母さん。
「あんたのお母さんは、あんたの顔を拭くために自分の唾をつけては、一生懸命、泣きながら拭いていた。そのときの黒い雨を、いっぱい飲み込んだのだろう。」
そうお祖母さんから聞いたのは、坂下さんが成人になってからのことだったそうです。

かんなの花と、あの日からの解放

「私はあのとき鬼になった。誰も助けてあげることができなくて申し訳なかった。」と、死ぬ時まで言っていたという坂下さんのお母さん。
そして一番怖かったのは、大勢の人が目の前でどんどん亡くなっていってもただ茫然としているだけで、かわいそうと思う気持ちがなくなっていくことだった、と。
原爆は身体的な影響だけでなく、生き残った人々の心にもこうして癒えない深い傷跡を残してゆくことを痛感しました。

年を重ねるにつれて、お母さんが赤い「かんなの花」を見ると震えるようになった、と坂下さん。原爆が投下された日、庭にたくさんのかんなが咲いていて、真っ赤なかんなを見るとあの朝を思い出すからでした。
「亡くなるちょっと前に、入院していた母を訪ねました。病院の庭に咲いているかんなの花をじっと見ていました。思わず駆け寄り、『お母さん、よかったね。かんなの花、きれいだね』と言いました。母は認知症になって、やっとあの「原爆の日」から解放されたのです。かんなの花を怖がらず、花を愛する母に戻っているんだと思って嬉しかったのです。」

未来にヒバクシャを生まないために

参加者のルイサ・ガレスさんからは、「被爆者の生の声を聞ける最後になるかもしれない貴重なチャンスということは、本当にその通り。私たちはベルギーのこどもたちと一緒に広島と長崎に関するイベントを行っているが、今日の坂下さんの証言ビデオをぜひ若者たちに見てほしいと思う。」と、とても頼もしいコメントをいただきました。

インマ・ピエトさん

「ぜひ世界中の人に聞いてほしいし、核兵器の非人道性について忘れないようにしたい。」と、インマ・ピエトさん。
そして、今回の主催者であるレネ・ゴンザレスさんからの最後の挨拶では、
「広島と長崎に原爆が投下されてから、国連では核軍縮に取り組むと約束してきた。それなのに外交関係者や政治家は、『自国を守るために核兵器は必要だ』と言う。核兵器は国境に関係なく地球に被害を及ぼすため自国さえも守れない。そして、坂下さんのような被爆者を他の国だったら出してもいいのかと聞きたい。未来にヒバクシャを生まないためにも、私たちは核兵器禁止条約を支持していきましょう。」
との力強いメッセージに、国際的に非核の活動の広げる重要性を改めて感じました。

—核兵器禁止条約も採択され、新しい第一歩を踏み始めました。みんなが力を合わせれば、諦めず平和を祈っていれば、必ず核兵器のない時代が来ると私は信じています。放射能もコロナウィルスも目に見えないものとの戦いですが、目に見える形できっといい日がくると信じています。みんなで頑張りましょう!—
坂下さんからの前向きなメッセージで証言会は締めくくられました。

核兵器で自国は守れないどころか、攻撃態勢を持つことで平和は築けない。坂下さんをはじめとする被爆者の方々の証言を一人でも多くの人々に広め、これからも私たちは原爆の恐ろしさと非人道性を世界へ訴えかけてゆきます。

映像アーカイブ

文:高尾桃子
編集:松村真澄

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