高層ビルが立ち並ぶ近代都市でありながら、街のあちこちに緑が広がるシンガポール。まさに「ガーデンシティ」という言葉がぴったりの美しい街。蒸し暑い日ではありましたが、澄んだ青空に迎えられ一日が始まりました。
最初に訪れたのは「日本占領時期死難人民記念碑」、通称「血債の塔」。第二次世界大戦中、日本軍の占領下で命を落とされた多くの人々を悼んで建てられた慰霊碑です。4本の柱はそれぞれ、中国系、マレー系、インド系、その他の民族(主にヨーロッパ系)の犠牲者を象徴しています。日本国内では、原爆被害など「被害の歴史」を学ぶ機会はあっても、日本が加害者となった歴史に触れることはそう多くありません。シンガポールの人々にとって戦争がどのように記憶されているのか、立ち止まって考える貴重な時間となりました。

血債の塔を見学する倉守照美さんと福島富子さん
その後、現地のインターナショナルスクール「United World College (UWC) South East Asia」を訪れ、高校生の皆さんとの交流プログラムが行われました。UWCは、教育を通じてより平和で持続可能な世界をつくることを目指す国際的な教育機関で、世界中から生徒が集まっています。
広々としたキャンパスでは生徒さんたちが笑顔で迎えてくれ、お昼ごはんを一緒にいただきながら打ち解けることができました。そしていよいよ被爆者による証言会。会場には生徒や保護者あわせて100人以上が集まり、平和への関心の高さを感じました。
今回、証言をしてくださったのは、生後7ヶ月のときに長崎で被爆された福島富子さん。ご自身の記憶はありませんが、ご家族から聞いたお話や、交流証言者として被爆体験を語り継がれています。現在は神奈川県原爆被災者の会の副会長として、そして大好きな着物を身にまといながら、平和の大切さを伝える活動をされています。
「私は着物で活動をしていますが、どうかみなさんも自分の好きなことや得意なことを通して平和を広めていってください」。富子さんの発する言葉の一つひとつに力強さを感じました。

証言を話される福島富子さん
後半の質疑応答セッションでは、1歳の時に同じく長崎で被爆された倉守照美さんも登壇されました。倉守さんは、かつて高校生一万人署名運動に取り組んでいたお孫さんとともに活動を続けてこられました。一人ひとりのちからは「微力だけど無力ではない」という倉守さんの言葉は、多くの生徒の心に深く響いたようです。
「私たちが平和のバトンを受け取り、これから語り継ぐ上で大切なものはなんですか?」という質問に対し、「一人ひとりの被爆者に異なるストーリーがあるからこそ、多くの声を聴き、分かち合ってほしい」と福島さんは答えました。
「被団協がノーベル平和賞を受賞したときは本当に嬉しかったけれど、核兵器がなくなる日が来るまで、真の達成感はありません」と、最後まで力強く語られました。
最後にUWCの生徒代表から、「国境を越えて人々をつなぐピースボートの活動、そして、心に響く証言をしてくださった福島さんと倉守さんに感謝します」との言葉が贈られました。証言会が終わった後も、生徒たちが次々に感想を伝えに訪れ、なかには「被爆者の方にずっと会ってみたいと思っていた。自国に帰国したら必ずこの話を伝えたい」と話す生徒もいました。

生徒さんからの質問に答える倉守照美さん

最後にUWC South East Asiaのみなさんと
最後に立ち寄ったのはシンガポール国立博物館。シンガポールの歴史や文化が幅広く紹介されており、日本の戦時中の侵略の歴史についても詳細に展示されていました。現地の日本人ガイドの方の丁寧な説明のおかげで、理解がいっそう深まりました。

シンガポールの歴史博物館で、日本とシンガポールの関係を学んだメンバー
短い滞在でしたが、出会った方々の温かさにふれながら、平和について多角的に考える時間となりました。シンガポールで生まれた繋がりを、これからも大切に育んでいきたいと思います。そして、今回はピースボートの水先案内人の深津高子さん(ピースボート洋上保育園「子どもの家」アドバイザー)も同行してくださったことで、UWCの保護者との交流もできました。これも多角的な視点の一つであると思いました。
後日、UWCの先生から参加した生徒や保護者のフィードバックが送られてきました。
Yesterday’s event “was really powerful and no doubt incredibly memorable for all who could join” and “the very embodiment of the UWCSEA mission” 昨日のイベントは、「本当にパワフルで、参加できたすべての人にとって、間違いなく信じられないほど思い出深いもの」であり、「UWCSEAのミッションを体現したもの」でした。
“Listening directly to Hibakusya was a precious experience for both us parents and our children, something we had never encountered despite living in Japan for many years.
被爆者の話を直接聞けたことは、私たち親子にとって貴重な経験でした。
Hearing their stories made me realize that we must never forget the tragic realities of war and that we have a responsibility to pass these stories on. I believe the children also had their own thoughts and it became a great opportunity for them to learn something important.”
彼らの話を聞いて、私たちは戦争の悲惨な現実を決して忘れてはならないし、このような話を語り継いでいく責任があると実感しました。子どもたちにもそれぞれの思いがあり、大切なことを学ぶ良い機会になったと思います。
The event was “very impactful for a wider community than that initially envisaged” and “The example of intergenerational action for peace was particularly impactful.”
このイベントは、「当初想定していたよりも幅広いコミュニティにとって非常にインパクトのあるもの 」であり、「平和のための世代を超えた行動の例は特に衝撃的でした」。
Following on from this, a number of students are looking at raising awareness in the community by organising a display reminding members of the 80th anniversary and the need to call for an end to nuclear weapons. Unfortunately, this happens during our summer vacation but we will definitely take action at the start of the next academic year.
この企画の後、第二次世界大戦終了から80周年と核兵器廃絶の必要性を喚起する展示を企画し、地域社会の意識を高めようとしている生徒がいます。残念ながら、これは夏休み中に行われるのですが、次年度の始まりには必ず行動を起こすつもりです。
(文:高尾桃子)








